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  偏見ご免のたわごと編:  No.360
自分はバカなのか_主観的に過ぎるのか  2025.02.19
  最近見たブログに「バカほどSNSで自信満々な3つの理由」という記事があった。そこで言うバカのとは知能指数が低いのではなく認知のゆがみが極端に大きいためにそれで失笑を買うような一般化できない極端にズレた発言やズレた世界観を持つ人たちを指しているということである。以下、その記事を読んでそういう面があるかも知れない気もする私の言い訳みたいな感想である。

私はいままでに何人かにものを言うと自己満足なもの言いだと言われたり、自己満足人間だと言われたりしたことがある。いまもそう思われているかも知れない。他のひととかなりズレたものの見方をしていてぞれを言葉に出したりするとズレているのでバカじゃないかと思われるのではないかという気がしている。

そう思うこともあって、ホームページでも偏見ご免のたわごと編と銘打ったりして思ったり感じたことを記事にしているのだが、それでも自己中心的見方に偏りすぎるのか自己満足的な内容だと言われることがあった。それでどうしてこうしてと思っていることを説明したりしようとして文章が徐々に長くなって来てしまった感がある。

自分ではなるべく自分以外のひとの見解・意見や情報を調べたりして言うように努めているつもりだし、自分の意見や感想あるいは自分が得た情報が全く正しいかどうかについては確固たる自信はない。いつも自分の思っていることはズレているのではないかという思いは持ちながらも、自分としてのいまの意見や感想を言ってみたいから言っているわけである。

私はいままでの人生で自分が遭遇したことその他の経験に影響されてものを見ていることは否定しない。しかしそれは主観的でときに客観性に欠ける恐れがあるかも知れないことは十分知っているつもりである。だからよく本を読むし世の中の情報も知るように努めている。私は自分が感じたことを信じて疑わない人間ではないから自分が間違った認識を持っていると分かったらそれを恥ずかしいと感じる人間である。

私は優しく謙虚で誠実である人間でありたいあるいはそうなりたいと思っている。いままでの人生で世の中には自分より優秀なひとや深い知識を持つひとは数多くいることは当たり前のこととして知っているし、ものごとの善し悪しを見るのは非常に多くの可変的要素を考慮しなければならないことも十分理解しているつもりである。そして自分がたいした人間ではないことは分かっているから常に他のひとを畏れている。自信満々で自分が常に正しいと思ってものを言ったりする人間ではない。だから偏見ご免のたわごとと言い分けしながら、自己満足的な主観だという面がときに強いことがあるかも知れないが自分の意見や感想を言ってみたいから言っているわけである。

そういう言い訳みたいなことに関連しそうな過去の記事を探してみた。その中のいくつかを以下に列挙しておく。
屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編:
  No.37  文句ばかり言うこと  [2001(H13).01.29]
  No.53  誠実ということ  [2001(H13).05.28]
  No.218  「断片」ということ  [2006(H18).08.14]
  No.247  たわごとのこと  [2007(H19).07.02]
  No.250  謙虚になるということ  [2007(H19).07.30]
  No.335  愚者のこと  [2010(H22).03.22]
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.497  能力の低い人ほど自信たっぷりとか  (2019.01.07)
屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:
  No.202  優しいということ_慈しむ心からあるいは見せかけ  (2023.02.13)
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