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3月25日同性婚認めないのは憲法違反だと大阪高裁での違憲判決が出て、これで違憲判決は全国で5件目だということである。戸籍上の同性のカップルに結婚が認められないのは憲法に違反するとして国に賠償を求める集団訴訟は札幌、東京、福岡、名古屋、大阪の全国5ヶ所で6件起こされ、1審では判決が出そろって憲法違反が2件、違憲状態が3件、合憲が1件と判断が分かれていたが、2審では今回までの5件ですべての高裁が憲法違反と判断したことになるようである。そして賠償を認める判決はなかったようである。また残る6件目は東京高裁で審理が続いているとのことである。
報道で知る限りでは、憲法違反だから賠償せよというのが訴えのようなのだが、私はそうだとしたらそれには違和感がある。私なら憲法違反だから賠償せよではなくこういう風にして欲しいということを要求して欲しい気がするからである。同性婚を認めるということはどういうことなのかそれを知りたいわけである。もしかしたらその要求は明示されているのかも知れないが私はその要求をよく知らないというかはっきりとしたそういう情報に接したことがないからである。
私は自分が全体像を知らずただ自分が知っている情報でものを言っているだけに過ぎないかも知れないという思いはある。だから自分が思っていることは間違っているかも知れないが、いまの自分としては同性婚という問題に以下のような感想を持っているわけである。
私は結婚あるいは婚姻は男女間でのはなしだと思っている。生物学的に子をなしうる両性間で認められるはなしだと思っている。そしてそれは両性の間の愛のかたちであるか法的権利のためであるかは問わない。私の意見ではいわゆる同性婚は結婚あるいは婚姻ではない愛のかたちなので婚という言葉を使うことに違和感があるのである。同性間での愛のかたちに婚姻に似た法的権利を与えよというのであれば腑に落ちるのだが、それを結婚という言葉あるいは思い込みかも知れないその定義にこだわって同性婚と言うから反感が先に立ってしまうのである。
結婚あるいは婚姻ではない何か別の呼称の同性間の愛のかたちにこういう法的権利を認めよというのであれば私としては理解しやすいわけである。私としては男女間の愛のかたちと同性間の愛のかたちを同一視することには抵抗があるわけである。言葉遊びみたいな言い方をすれば、差別をする気は毛頭ないが区別は純然とあるのだからそれを無いものにという感じが気になっているのである。
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