My logbook : 屋久島暮らし残照録  
  Home > 目次 > 記事  
  偏見ご免のたわごと編:  No.265
老婦人の心配事_日本の行く末  2023.11.09
  どういうひとが書いた記事かよく覚えていないのだが、多分医者ではないかと思われる。あるネット記事に老婦人が診察を受け身体的には何も問題なしということで、その帰り際に何か気になること、心配事はありませんかと声をかけられたときのことが載っていた。自分については特にありませんが、強いて言えば日本の行く末でしょうかね、少子化とかありますしと答えたというはなしである。老人の心配事は自分のことではなく日本の国のことだった。老人は自分のことばかり心配しているのかと思ったら違っていて印象に残ったというような記事だったと私の印象に残っている。

私は自分の体調とかかなり気にする方だが、それでも昨今これから先、日本がどうなるのかと思わせるようなはなしを見聞きすると何とかならないのかと心配になってやきもきすることが多くなった。むかしは自分の仕事の評価が気になって、ない力で何とか努力とその結果の辻褄を合わせることに終始していた気がするが、社会につながる仕事もない年金生活になってからは自分が日本国民として存在しているのだということが唯一の存在の証のように意識されて来る。そして日本の先行きのことが気になったりするわけである。子や孫の生きる将来の日本は気になるが、それよりは自分の生きている日本がどうなるかが気になるのである。

件の老婦人が自分のことより日本の先行きが気になるのはどうしてか知らないが、もしかしたらそれなりに死ぬまで生きるために生きている身の生活に何か影響を及ぼすのではないかと心配になるということかも知れない。そうなら私も似たような面があって、何か出来事あるいは事件などを見聞きすると無意識にではあるが自分の気になっていることなどを連想してしまったりするようである。そして何となくその思いをこういうホームページでたわごとながら書いてみたくなるのである。自分としては、まずは作文が得手でなかったこともあり自分の思うことを首尾一貫した文章に書くことを訓練しているつもりもあって始めたのだが、自分の思いをそれなりに整理するにもよいと思えていまも続けている。誰かに読んでもらえればそれは嬉しい限りだが、超老害の域に達しているから老害もんの一人がどんなことを感じているか分かるかも知れないくらいに思って見てもらえれば幸いである。

私のような80歳を過ぎた人間の言うことは世の中大体まともなはなしだと思われない。長く生きればよいこともあったが思えば悔いることもかなり多かったのだが、その悔いについてなかなかうまく伝えられないところに問題があるのかも知れない。ある有料ネット記事のタイトルと1ページしか見ていないが、「50歳過ぎたら老害意見、過度の若手信仰と使い捨て社会の末路」というのがあった。そして「50歳過ぎたらいちいち老害意見かもしれないけれどと予防線を張らないと人生の先輩はモノを言えない社会になってしまったのか」というところまでは読めた。それがいまの世の中かも知れない。しかし、若い者が感じたり思ったりすることは年をとっても同じ人間だから同じようにあるわけである。高齢になっても何も感じないわけではないし何かものを考えないわけでもない。そして亀の甲より年の劫と言うように少しは何かの役に立つこともあるかも知れないわけである。


(関連記事)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.271  ホームページを発信し始めて15年近く  (2015.03.09)
  No.493  AIには苦手らしい_長い文章の読み書き  (2018.12.10)
  No.532  どうでもいいけど_気にはなる  (2019.07.29)
屋久島暮らし残照録・偏見ご免のたわごと編:
  No.135  ここのところCDを聴かない_時間がもったいない感じがして  (2022.04.11)
  No.265ap  少子化の根本問題_人類存続を願わないひと  (2024.04.22)
. 
 
  back