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最近検査に引っかかり鹿児島の専門病院で精密検査を受けたのだが、行く前から体調が悪く移動や検査の待ち時間でさらに体調が悪化して、家に帰って来たときは起きているのが辛いくらいになってしまった。そして思ったことなのだが、離島で体調悪く島外に行くのも難儀な高齢者がどうそれに耐えて生きて行くのか知りたいということである。
これから調べてみたいと思っているが、以下のはなしは前述の経験をして思ったことだが、よく見るポツンと一軒家というテレビ番組で気になったことについてである。辺鄙な場所に住み続けて来た高齢者の中にこれからもずっとそこに住み続けたいと語るひとが居て、どうしてそこに住み続けたいと言っているのか気になってしょうがなかったことについてのことである。
集落はあったが他の家のひと達は暮らしやすい町中に移ってしまい一軒残った生家にこれからも最後まで住み続けたいというのである。なかには高齢な二人ともにそういう気持ちだという夫婦もいた。環境変化への耐性が衰えて引っ越すことを考えるだけでもプレッシャーになるので、安心感のある場所から移りたくないのかも知れない。便利な場所に住むよりは自分たちが安心して暮らせる場所、それは見慣れた景色と家と思い出の品などがある場所であり、そこに住むことでストレスなく平穏に暮らせる。それが彼らの求める幸せだからかも知れない気がしている。
私はいまそれなりに便利な離島の町に住んでいるのだが、なぜそう思うかと言えば、いわゆる本土に引っ越すことを考えるだけでも憂鬱になるほど当地に馴染んでしまい、いまはそれなりの介護・医療サービスが受けられるようだから見慣れた景色で安心感のあるわが家に最期まで住み続けたいと思うようになっているからである。でも離島で体調悪く島外に行くのも難儀な経験をしてみると、具体的にどうした支援を受けられるのか気になってどういうことになるのか心配になってしまうわけである。
思い返せば私の周囲にいた移住者の中で島外に再移住したひとも居れば当地で最期を迎えたひとも居たのを見て来た。当地のようなそれなりの場所でもひとそれぞれの選択はそれぞれである。いまはそれなりに便利な離島の町に住み続ける気持ちでいる私でもどうしようかと悩んで来たしまだ気持ちが揺れることもあるわけである。それが移り住みたいと思う可能性が高そうなポツンと一軒家になってしまった家に住んで、最期まで住み続けたいという気持ちが揺らがないのだから私は気になっていたわけである。
実際は最期までではなく健康な間はということを言っているのかもかも知れない気がしないでもない。近くに親族などがいてそれなりに見守られ助けてもらえなければ、ポツンと一軒家で家の周りくらいしか動けない身になったら住み続けたいとは言えないのではないかという気がしてしようがないのである。自分の生きたいように生きるというのは綺麗ごとで、実際は誰かに支えられているからこその言い分ではないかという思いは消えないのである。そもそも高齢者が最期まで住み続けると言っているポツンと一軒家というのはそういうことで残っているのではないかという気がするわけである。
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