屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.268 屋久島(144):撤退理由のこと    (H20.04.28)

私が移住してきた当時の班の範囲で、今は移住者軒数が三倍近くにふくれあがり三つの班に分割されている。班の分割が進んでいくと他班の人の出入りが分かりにくくなる。最近は同じ班でも挨拶回りをする人が少なくなって横道が異なると知らない人もいる。我が家でも移住してきた当時事情を知らずまた教えてくれる人もいないので向こう三軒両隣みたいな近所と班長の家、それとTVのケーブル引き込み分担金の分け戻しをする家には挨拶したが、挨拶をしなかった家も今にして思えばある。

それでもしばらくして状況は分かるようになった。私が移住してきた当時は班の区域が広かったがまだ移住者は20数軒だった。移住してきた理由はそれぞれあると思われるがそのうち3軒が民宿などの宿泊施設を、1軒は飲食店を営業していたと記憶している。今はその飲食店は店じまいしている。それらの開業は当地で商売をしようという目的が初めからあってのことなのか、移住してから思い当たってのことなのかは分からない。

田舎暮らしをしようという理由は人によりいろいろあって、表向き言っているだけではない理由がそれぞれあると思われる。また言われても私は当地にあこがれてとか自然の魅力に惹かれてというようなロマンチックな理由は信じないことにしている。それぞれ自分の過去と切り離しては語れない人間くさい理由があるはずである。多分みなそれを語らず田舎暮らしをしているわけである。田舎暮らしにはその語られないそれぞれの理由に共鳴するあるいはまったく鈍感な環境があるということだと思われる。

その目に見えない移住理由の詮索はなかなか難しい反面、撤退理由は噂や状況、あるいは転居挨拶などで比較的とらえやすい。私たち夫婦は移住14年くらいになるが、当地で生を全うするのか撤退するのがよいのか思案の時がそのうちやってくるはずである。私が移住してきた当時の班区域の当初の20数軒のうち、今までに島内転居が2軒(うち1軒・一人での移住者は亡くなっている)、家族が亡くなったのが6軒・各一人(我が家の父もその一人)、一人での移住者が亡くなったのが1軒である。

そして島外に撤退した移住者は私の知るところ9軒である。私が移住してきた当時の住人20数軒のうちで撤退は三分の一以上である(なお、撤退した家には今は新しい移住者が住んでいる)。そして私が聞いたあるいは見た状況からそう思っている撤退理由などは次のとおりである。

・田舎の一人暮らしの先行きを懸念し本土施設に入居(60〜70代男)
・子ども世帯の転居を機に隣に住む老親が旧地に帰還(60〜70代女)
・妻死亡後の田舎の一人暮らしを回避(60〜70代男)
・子の養育環境を心配する妻の希望で都会に転居(30〜40代夫婦・子)
・妻の病気で他県のケア付住居に転居(60〜70代夫婦)
・仕事の本拠地との往来の経済的負担大で撤退(40〜50代男)
・妻が不快な虫などの環境になじめず他県に転居(60代夫婦)
・病気を経験し田舎の一人暮らしを断念(60代男)
・老親の介護で帰郷(60代男)

以上をざっと眺めての感想だが、一人暮らしや病気が撤退のきっかけになっている例については、そうなってもと覚悟して移住してきてもやはり不安に耐えがたくなってしまうのだろうなという感じがする。もしそれが当たっているならば移住者の永住率を上げるには一人暮らしあるいは医療の不安解消策が重要であることが分かる。また既に移住している人の不安を解消する施策が移住促進策にもなると思われる。永住する人が増え撤退率が低下すれば新規移住者と既移住者の入れ替わり率が低下し移住促進の効果が大きくなるわけである。

補足1: 崖から転落死亡のこと  (H20.05.05)

当初からの移住者ではないが同じ班の一人暮らしで認知症もすすんでいたと思われる男性(69歳)が昨日夕刻見かけられてから行方不明になっていたが、本日小島の海岸の高さ50mくらいの崖から転落し死亡しているのが発見された。いまは大丈夫と思ってもそういう一人暮らしの状況になれば誰でもこういう結末はあり得る。

補足2: 撤退したらしいこと  (H20.08.19)

「補足1」の家は売りに出されている。また先日聞いたところでは、ここのところ見かけないなと思っていた私が移住してきた当時の住人20数軒のうちの一軒で奥さんが亡くなってご主人が撤退したらしいとのことである。
・一人暮らしの病人、徘徊転落事故死(70代男)
・妻死亡後の田舎の一人暮らしを回避(70代男)
を上記リストに追加しないといけなそうである。


 
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