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  偏見ご免のたわごと編:  No.369
政治献金_ひとの活動との関係  2025.03.26
  国会では企業・団体の政治献金についての論議が為されているようである。私は企業・団体の政治献金禁止という主張には与しない。私の感覚では、ひとの活動は主に生活面と仕事面の両面で考えるのがよいという気がしている。片方の活動は出来ないとなれば片手落ちの感がするわけである。

私はいまは退職して久しいからほとんが生活面での活動が主である。仕事をしていたときは家庭を主とする生活面での活動と例えば働いている会社あるいはその業界の一員としての活動がある。生活面については個人個人の都合によりそれぞれ望ましい政策は異なると思われるからそれぞれが意見を表明したり政治家に個人献金すればよいわけである。

一方仕事面では個人個人で意見を言うというよりは、働いている会社やその属する業界あるいは団体として活動を効果的効率的に果たすため集約されたあるいはそうと見做される組織的意見を表明することになる。そしてそれぞれの組織がそれを政策に反映させたいと活動することも個人個人の仕事面の活動の範疇に入るのではないかと考えられる。私が思う企業・団体献金とはそういう性格のものだと思っている。

生活面での意見を反映してもらいたいと個人献金することと同様、各個人の仕事面での意見が集約されたと見做される意見を反映してもらいたいと企業・団体が献金をすることは、ひとの生活面と仕事面の両面の活動を改善あるいは推進して欲しいというひとの意思の表し方として認められてよいのではないかと私は思っているわけである。

企業・団体はその所属人員数により大きさに差がある。団体には生活面に重きを置くところもあるし仕事面に重きを置くところもある。企業・団体の規模や性格によりその献金額に大小があることは当然だし、献金先も企業・団体の性格により決まって来るのも当然である。また個人でも生活面に重きを置くひともいるし仕事面に重きを置くひともいるわけである。それぞれの都合でウエイト付けして個人は投票あるいは献金するし企業・団体は献金したりするわけである。

そして国民個人や企業・団体あるいは法人は献金するに値する政治家かあるいは政党であるかを見極めて献金するのも当然である。投票されるされないも献金されるされないあるいは少ないのもその政治家あるいは政党の主張への評価でもあるわけである。それらを踏まえて政治家は社会におけるひとの活動の全体を見て生活面と仕事面のバランスを取りながら政治活動をする責任があるわけである。


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