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  偏見ご免のたわごと編:  No.111
大学入試・筆記試験無し_改善を拒む旧弊を打破の試み 2021.11.29
  10月25日の購読している新聞の「教育岩盤・変化を嫌う」という記事の中に、元マイクロソフト副社長の西和彦氏が入試筆記試験無しのエンジニア育成工科大学の2024年開校を目指して奔走しているということが紹介されていた。入試は専門性・人間性・国際性を重視する1時間半の面接のみということのようである。西氏は東大で教えているが、東大工学部は例えば日本史や漢文ができないと入れない、あるいは東大入試は文系・理系の科目を満遍なく得点する必要があり、エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される。でも本当にエンジニアにそれが必要な資質なのかと疑問を持ったのが切っ掛けのようである。

私の時代は、今のセンター試験のような統一試験はなかった。各大学の個別試験(1次試験、2次試験があるところもあったがその大学個別)の一発勝負だった。私には経済的な問題もあって数科目の入試で済む私立は選択肢になかったから、何しろ受験勉強は苦痛だった。私は文系科目は苦手だった。特に社会科は全科目苦手だったから苦痛だったし悩ましかった。入試ではいわゆる5教科(国語・数学・外国語・理科・社会で科目数は記憶があいまいだが8科目くらいだったような気がする)だったので文系科目を避けるわけにいかず、もし合格できなかったら先行きどうなるかと暗澹たる気分で毎日を過ごしていた記憶がいまでもよみがえるときがある。

文系科目が苦手、英会話も苦手、人間関係構築にも難がある性格のいまの私としては、前記のエンジニア大学が当時あったとしても海外留学必修らしいから受験をためらっているかもしれない。もし受験して合格したとしても卒業は無理だと思われる。私はむかしの一発勝負の入試しか経験がないので、今のセンター試験のような統一試験と各大学の個別試験とを潜り抜けなければならない方式が苦手科目のある人間にどのくらいストレスを与えるかについてよく分からないのだが、私が当時感じていたような苦痛はやはりあるのではないかという気がする。

私立ならむかし数科目の筆記試験だけだった記憶がある。いまでもそうなっているなら苦手科目があるひとには救いがあるような気がするが、入試で苦手科目も含む多くの科目を満遍なく得点しなくてはいけない代表例として挙げたらしい東大工学部の入試に対抗して入試筆記試験がなく面接だけという大学が出来そうだという前記記事には惹かれるものがある。ひとの苦手はひとそれぞれだからその大学教育の目指すところによって苦手があっても積み残されない多様な入試方法の大学が今後出てくれば、人材は育ちやすいかも知れない。ただ、私はよく知らないのだが、いまの私立や前記のエンジニア大学でもセンター試験のような統一試験を受けていることが条件となっているなら、苦手科目を回避出来ないのではないかと気になっている。

補足: 西和彦氏へのインタビュー記事_前掲記事に関連
11月12日の前掲新聞に「教育岩盤」臨時掲載の記事があった。設立を目指す大学は表面・超原子先端材料工学、医工学、IoTメディア、移動体工学、地球・月学の工学部工学科5コースで300人、選抜方法は一人1時間半の面接で評価軸は専門性(エンジニアとしての資質)、人間性(チームワークで活躍出来るか)、国際性(英語力、異文化への理解など)だそうである。また高校での課外活動や成績も踏まえ審査するということである。
やはり、英会話も苦手、人間関係構築にも難がある性格のいまの私は、その大学が求める人材の対象外のようである。


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