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  たわごと編: No.527
 
  2019.07.01 少子化問題発言_冗談っぽく言わざるを得ないのが問題  
 
  大臣経験者あるいは国会議員などから、産める人は三人くらいとか、女性は複数の子どもを産むべきとか、子育ては女性の仕事とかいう発言が問題視されているが、私の感じるところでは子供を増やすのは結局女性が子供を産んでくれない限り無理だということを、言葉を変えて言っているように感じる。女性蔑視だとか差別だとか言って女性の権利や自由を主張して子どもを作らないことが正義のようなバカを言うのではなく、何しろ女性には子どもを産む気になって欲しいということを言っているのだと受け取った方がよいと感じている。

活動家には女性の権利・自由を主張しそれを理由に産まないことを擁護している活動が目立つが、産まない理由を強調するよりは具体的に産みたいからこうしてくれと提唱する活動の方が少子化を止めるには役立つように思える。だがそういう活動家の言動はあまり聞かない。私は生まれて来てよかったと思うひとは子孫の存続を維持する義務を感じてほしいと思っている。だから子どもを産めるひと(男女の対)はその義務を果たしてほしい。自分だけ生を楽しんで後世のことは知らないでは困る。権利や自由だけで論ずる問題ではないと思うわけである。

少子化を止めるには、他国から移民とか養子もあるが最も重要なのは自国の子どもの数を増やすことである。それを実現するには、産める女性が子供を産むしかない。いろいろな施策を試行錯誤しながら、女性には産めるなら子どもを産んで欲しいと発言するのは間違っていない。(勿論私としてはその女性というのはその相手の男性と対であるという意味でのものである。多分政治家などもそういう意味で言っている、そして少なくとも何とかしなくてはという問題意識でやきもきして短絡的表現で産むという言葉を発しているのだろうと思っている。)

しかし現実は女性の産む意欲が減退している。産んで欲しいという希望を述べることを非難するより、こうしたら産めるからそういう施策を早く実施してという案や希望をどんどん発信して欲しいものである。いまは政府で少子化対策をしても子供を持つ意欲が改善方向に向かず、女性に産んでとお願いする政治家もいるくらいだとしたら、こういうときこそ現実を踏まえた具体論を引き下げての活動が出て来てもよいのではないかという気がする。政府にも影響を及ぼす主婦連みたいな団体が出て来てメディアなどを巻き込んで活動すれば、政府や企業そして社会の仕組みやあり方も変わって産みたい産んでよかったという時代が実現できるかも知れない。


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