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  たわごと編: No.145  
  2013.01.21 なかなか言えない本音やその理由  
 
  東京物語(小津安二郎監督)のリメーク版の東京家族(山田洋次監督)ができたようであるが、以下は故郷から父母が子たちのところへ上京する東京物語とは逆の故郷の父母の元へ子たちが帰省することについての話題からふくらませたはなしである。

昨年12月だったか正月を前にして日経新聞のなんでもランキングで「実家に帰省 嫁・婿vs義父母、それぞれの本音トップ10」というのがあった。記事では義理の親子関係だけ取り上げているが、実の親子関係でも似たような本音はあるわけである。こちらの方が血がつながっているだけに子どもが親に遠慮がないことになりがちだが、それに関する本音を言う人は少ないから記事にならなかったのかも知れない。義理の関係では互いに遠慮があってそれをまた互いに察しあっているからよいが、実の関係にあっては子は自分流が受け入れられるのが当然と思いがちで、親が自分を抑えていることがほとんどではないかと思われる。記事は片手落ちの感がある。

まずは新聞記事の紹介からである。
「実家に帰省 嫁・婿vs.義父母、それぞれの本音トップ10 」
盆や年末年始の帰省で一緒に過ごす中で嫁や婿、義父母(全国20代から80代までの既婚男女計1000人)への質問に対する回答をまとめたもの

義父母の本音
1位 127ポイント 大げさな手土産はいらない
2位 104ポイント 一緒に過ごせて楽しいが、別れた後とても疲れている
3位 97ポイント 長い滞在は遠慮して欲しい
        (2日以上滞在するなら一泊は近くのホテルに泊まってほしい)
        (いつまで滞在するかはっきり伝えてほしい)
4位 93ポイント 迎えるための大掃除が一苦労
5位 69ポイント 長時間の孫の相手は大変
5位 69ポイント 帰省前に事前に連絡を入れてほしい
7位 64ポイント 自宅に集まるよりも一緒に旅行したい
8位 60ポイント 積極的に家事を手伝ってほしい
8位 60ポイント 食事の準備が大変なので一日くらい外食したい
10位 52ポイント お年玉を用意するのが大変

嫁や婿の本音
1位 117ポイント 何もすることがなくて暇だ
2位 101ポイント 料理が多すぎて食べきれない
3位 93ポイント 自分たちに構まい過ぎずゆっくりしてほしい
4位 76ポイント 寝転がってくつろぎたい
5位 66ポイント 家事などな何をすればよいか具体的に指示してほしい
6位 65ポイント 手土産を選ぶのにいつも苦労している
7位 51ポイント 寝る時間など生活リズムが合わない
8位 47ポイント 部屋をもう少しきれいにしてほしい
9位 46ポイント 同じ愚痴や不満をあまり聞きたくない
10位 44ポイント すすめられる酒を飲みきれない
(以上・記事の紹介)

私の体験では実の関係の中で共感したのは、親側の「一緒に過ごせて楽しいが、別れた後とても疲れている」と「長い滞在は遠慮して欲しい、(2日以上滞在するなら一泊は近くのホテルに泊まってほしい)」そして「積極的に家事を手伝ってほしい」である。また子側の「寝転がってくつろぎたい」と「寝る時間など生活リズムが合わない」そして「同じ愚痴や不満をあまり聞きたくない」で、これは親の方が言いたいことではということである。

わが家では夫婦二人あとでぐったり、これは肉体的にそして精神的にそうなる。だから「長い滞在は遠慮して欲しい」のカッコの中に似て、自分たちで宿をとってわが家を訪問してくれると助かると思っている。その理由は親に甘え休む場所としての意識が強いからか、親が家の中の諸事、ときには外出の面倒すべてを期待されているからで、家事手伝いはゼロで妻は一日中食事その他で立つ時間が多くそれを見て私がオロオロしながらなにかしようと動かなくてはならず、また長時間どっしりと構えて居られると狭い家の中で夫婦はいつものように寝転がってくつろげないし、寝起きの時間も合わないからいつものペースで過ごせずなにしろ草臥れるからである。(これらの解決策は、自分たちで宿をとってわが家を訪問してくれることだが、これは子たちから明示的あるいは暗黙的に求められて上京のときなどに私たち夫婦が現にやっていることである。)

また精神的なことの例としては、「同じ愚痴や不満をあまり聞きたくない」に通じるのだが、兄弟同士その他のひとのネガティブな話題などである。何年か聞いていると会ったことが数回短時間のひとでもこちらが予断を持ってしまうことになる。そこでその人の名を出し本人が言っていることをたしなめようとすると名を出しただけで感情的に反応して本論に入るのを拒むから、聞かされるだけではなしもできない。自分は言いたいことを言うがこちらには言わせない。それが苦痛でまた草臥れるのである。(私たち夫婦は思っていることは言うがネガティブな言い方は慎んでいるつもりである。しかし子たちから自分たちもそうしているつもりだがそれをネガティブと言うならお前たちのもネガティブではないかと言う反論はあるかも知れない。)

以上実の親側としての体験の一例ということだが、述べたいつもカムフラージュしている本音については程度の強弱はそれぞれある。はなしの理解のために極端に例示している面があることを断っておく。また、何かで見たか聞いたことであるが、愛はふつふつと湧き上がってくるもので、意図して持つものでもなくまたひとに求めて得られるものでもない、だから愛されたいと言うよりは自分が愛しているのかを問えということである。親は子に無償の愛を与えるが、その見返りを求めないのが普通である。しかし子は自分の思い通りの愛を親に求めがちである。草臥れるのはその愛の違いからくるものと思われる。私も自分の親との仲ではそうではなかったかと思うところもある。私と違って私の親は本音は言わなかったが。

はなし変わって、親しい仲だからとなんでも聞いたりやってくれるという思い込みに困ったはなしである。私は小学校のとき何回か短期間で転校したことがある。そして60歳を過ぎてから二回目の転校時の級友が当地にクラス会で行くと言って往復の便を記しただけの旅行社による計画を送ってきたことがある。そこで宿やレンタカーは旅行社に依頼するかネットで事前に予約するのがよろしいと返事をしたところ、なんでという感じで電話があった。自分たちと同じ仲間意識を持っていてなんでもやってくれると思い込んで、私に宿の手配から車の手配や案内までさせようというふうに考えていたようである。私は1~2年在籍しただけでそんなに思い入れはないし、呼ばれたらホテルで会食するくらいはすると返答したら、後日屋久島へ行ってのクラス会は中止にしたと連絡があった。

旧い級友は私がむかしからずっと一緒の級友仲間と思いを共有していると思い込んでいて、私にもその級友仲間と同じような好意を期待したのかも知れない。だが、好き嫌いで言えば嫌いではないから転校以来何十年と年賀状をやり取りしてきたにもかかわらず、私は自分の思っている限度を超えた好意の期待に、愛してと言われ愛を求められても愛は湧き上がらないに似た感じを覚えた。そしてはっきりさせようと本音で応えてしまったのである。


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