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  偏見ご免のたわごと編:  No.414
選んでしまった権威主義_もとに戻るには  2026.02.02
  トランプ大統領は内政で国民の生活不安を解消できないと踏んで、国民の関心を外部からの危機に対応し成果を上げることで支持を得続けようとしているのかも知れないが、その方針と行動からアメリカが権威主義的方向に進んでいると危惧されている。ネットで関連記事を読んだりしていると自分が思っていたことに似た見方があったり対処法が紹介されたりしている。以下はそれらを受け止め整理して自分なりに理解しようとしたものである。

民主的な直接選挙で選ばれたがその制度の欠陥により合法的にヒトラーの独裁を許してしまったに似て、アメリカも直接的な選挙で選ばれた大統領がSNSや大規模集会を通じて支持者と直接つながることで司法や議会といった牽制機関への不信感を煽って従来からの牽制機能を弱め制度の内側からルールを変える試みを止められずにいる。むかしの例を見れば知らぬうちに民主主義が侵食されそれが修復されるまでにかなりの時間を要したのを見れば、指導者の権力を制約する自由主義と公正な選挙による民主主義が両立する自由民主主義が回復するには相当の時間がかかることになるのではないかと気になって来る。

民主主義で国民の不安を解決できなくなったときにひとびとは強い言葉に惹かれそういう指導者を好ましく思い従がってしまう傾向が強くなる、時間がかかる洗練された議論をまだるっこく感じ強い言葉とすぐに成果が出そうな自分たちの不安ではないことへの強硬姿勢が自分たちの不安の解消してくれそうだと錯覚してしまうのである。

こういう人間の持つ脆さからわれわれもまた権威主義的な指導者を選んでしまうことがあるわけで、そういうことにならないために国家では議会や法が定められているはずなのだが、まだ完璧の域には達していないようである。まだ制度の改善は必要で過去にもそういう思いで制度は作られて来たことを考えれば、不断のチェックを可能にする機能の制度化をして行くことが必要ではないか。加えて人間性に期待するにも当たりはずれがあるのでいまある不文律も明文化し制度化しないといけない気がする。

また、アメリカの国民の経済的不平等から来る不安がトランプ大統領の外敵を作る手法の権威主義的傾向をもたらした状況を見れば、経済的不平等を是正しする実効性のある経済政策を実施して行かなければならないし、敵を作って攻撃する手法を排除できるような異なった価値観を持つ者同士の対話システムを構築していかなければならないと思うのだが、日本で言えば政府・与党と野党、あるいは経済団体などがどう動けばよいのか、そしてまた他を攻撃することを存在理由にしていたり自己の利益追求や思想信条に凝り固まって他を排除する傾向の人間やグループも見受けられる世の中でどう現実対応の解を冷静に論議する対話システムのルールが確立されるのか、そういうことが私は気になっている。

そしてまた人間は、強い言葉に弱い。声が大きい小さいにかかわらず、また白黒だけでものごとを見る極端な論議に惑わされず、多面的に事実は何かを把握する姿勢が大事であるのだが、個人がそういう姿勢を持つようになるにはどうすればよいのか、そしてまたSNSなどの偏った意見だけに支配されない誰でもが簡単にアクセスしてくれる情報伝達の仕組みをどう作るのか。どこの誰がそういう動きを推進して行くのか、その辺も私は気になっている。

さらにまた、主権者と直接つながることにより制度の牽制力を抑えるようなトランプ大統領の手法が大勢に受け入れられているような状況を見ていると、指導者が法を超えようとしていないか監視し指摘する機能が大事であることを痛感するわけだが、これもどこの誰がどう仕組みを作り行動するのか。マスコミや評論家あるいはデモ主催団体などの冷静な活動が求められるとともに、個人としてもそれなりの見識を養わなければならないわけである。しかし彼らの健全性をどう担保するのか、その辺が私は気になっている。

以上、アメリカの状況からそういうことのない日本がもっと成熟した国になるにはどうしたらよいのかと気になってのことだが、アメリカと日本ごちゃまぜではなしの対象があいまいな受け止めになってしまった。私としては指導者の内側からの変質をどう防ぐかについては国民の姿勢と行動の在り方にかかっていると思ってはいるのだが、その国民の姿勢と行動が権威主義的に変質する指導者を選んでしまうこともある一方で、指導者の変質に対する歯止めもその国民が構築しなければならないわけで、私はその難しさが気になっているというはなしになってしまった感がある。


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