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  日誌編 (with photo) ・ 偏見ご免のたわごと編  
  たわごと編: No.39  
  2011.03.07 疎い理由の一つかも  
 
  私はTVや報道で知る情報から感じているのだが、菅首相の性格が好きではない。そこで何か屁理屈をこね回してでもケチをつけたい気分になる。今回はその出自絡みのたわごとである。市民運動を支援する活動家という視点で見る。大方の活動家はその市民運動に共感し善意であるいは正義感で協力し活動していると思われる。

私が思うに問題を自身のものと考える人たちの市民運動は特定の条件の下で想定した一定の解決策を得ようとしている活動という性格があるように思える。そうであると問題が自身のものではないがその解決を支援して活動をする人たちがその知識や能力を駆使するとすれば、問題解決を如何に進めるかという手法に活動が集中すると思われる。情報を調査・収集したり社会に訴えたり折衝・交渉や手続にかかわる支援をすることになる。

そこで市民運動の活動家として優れていると評価されているとすればその支援の進め方、手法のようなものが優れていたということになる。問題や得ようとする答えは決まっているのだからそういうことになる。つまり特有の問題を自分のものと考える人たちがその条件下で想定している解決策を求めて、問題にアタックする手法で評判をとったということである。

そういう視点に立てば、問題意識は自分のものでないあるいは解決策を自分で策定する知見に疎いかも知れない。もしかすると与えられる条件とそのもとでの解答が決まっている問題がないと活動家として成果を出せなかったのではないかという見方もできる。また手法でのみ評価されるということは理念や信条がないということかもしれず、それが現実対応力に優れているという評価になっている可能性がある。

私の菅氏の市民運動活動家のイメージは、特定の問題点をただしていくのに派手な攻撃で衆目を集めていく手法をとるというものである。問題自体は誰も否定できないから人を貶めてでも使えることは利用して攻撃をする。それを受ける問題原因となる側は攻撃的反論はしにくい。そういう活動で成功体験した人間がその感覚で国政を担っていると見ればその現実対応力・やっていることがなんとなく腑に落ちるのである。

補足: 会議設置多数
2011.04.22
菅首相が震災・原発事故対応で設置した会議のたぐいが30にのぼるとのはなしがある。分からないのに人に任せず自分でやろうとするのだが自分に都合の良い答えが出てこないと落ち着かず、やたらめったら人を替えて聞きまくっているように見えてしまう。本文にあるように、問題意識が自分のものでないから自分から方向性を示し答えを求めていない証かも知れない。


(関連記事)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.4 菅氏と政治家の器量  (2010.06.14)
  No.314  自分の思いが先に立つ_失敗や付け火にご注意  (2015.11.23)
 
 
 
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