屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.185 屋久島(105):集落のこと(2) H17.08.01)

7月12日の日経新聞に国土交通省が行った調査で今後10年以内に『全国自治体「集落消滅の危機」2割』という記事があった。高齢化などで過疎が一段と深刻になっているのが原因らしい。特に人口10万人以上の都市から1時間圏内のまとまりに入らない周辺地域では6割くらいが「消滅の危機にある」か「どちらとも言えない」という回答だったとのことである。

こういう周辺地域は、人口は日本全体の9%だが面積は45%を占め耕作地や森林に比率が高いので、集落の消滅は耕作放棄拡大や森林荒廃などの問題になりかねない。自治体ではすでに対策に取り組みを始めているところもあるが、国土交通省も2007年度次期国土計画に対応策を盛り込むということである。

この記事を見て、以前から気になっていたことがある。私も町内の何々区と名のつく集落に住んでいる。国でも集落と言って調査する。町でも何々集落と言ったり何々区と言ったりして行政が行われている。何々区には区域としての地理的境界がある。しかし組織体としては任意団体であると言われる。そして行政の一部を担っている感もある。都会から移住して来ると町以外にも行政権限があるようでないようで、法的にどういう位置づけなのか気になっているのである。

行政の末端は、公職選挙法による選挙があるというところを見れば政令都市なら区、その他では市、町、村なのは間違いないと思うのだが、そうだとすればそれらの自治体の中で集落に関する条例などがあって行政の一端を担うように規定されているのかもしれない。漠然とそういう気がしていた。今回新聞記事で集落という語を見てまた気になってインタネットで検索してみたら、屋久町の条例の中にぽんと何々集落の下水処理とか、ここで言う集落とはこういうことをしている集落という具合に出てくる。

はっきりとした集落の行政的位置づけの規定は無いようである。国ではどうかとみれば、国会の農林水産委員会(平成十七年四月十四日)議事録の中に集落の定義を問うところがあって、「一般的な明確な定義はない。センサスでは自然発生的な地域社会であって、家と家とが地縁的、血縁的に結びつき、各種の集団や社会関係を形成してきた社会生活の基礎的な単位と定義している。回答者の実感としては昔の単位で言えば字を中心とした単位の集落がいわゆる集落である。」と参考人が回答していた。

また法政大学の論文集の中に「農村部における自治体と地縁住民組織との関係(井出 和博)」というのがあってその中では「@国または自治体の奨励によって組織され、国または自治体がこれを利用し助成しているために存続している。A全国各地にほぼ普遍的に組織され、その区域は重複もなく空隙もなく整然と区画割されている。Bその全員は個人でなく世帯である。しかも、C建前上は任意加入であるが、事実上は強制加入に近い運用がなされている、とし準公共団体というべき性格の団体である」というような説が紹介されたりして、「実際に各市町村の一定地区を単位とし、その地区に所在する世帯を構成員とし、公共行政の補完ないしは下請をはじめとして、その地区内に共同事業を包括的に行う組織」と定義したいとある。

私のような移住者は、集落とは公共行政(町)としての性格面でかかわることがほとんど全てであるが、住む場所としての集落ではなく任意団体としての集落という場合には、外部から田舎で暮らすだけのために移住してきた身には集落の過去の歴史を負う覚悟が無いので、公共行政(町)的性格の事業については全て公共行政(町)と直接つながったかたちがなじみやすい。集落の財産に対して関心は低いし、農村としての村落共同体意識も希薄である。それで集落の法的位置づけがどうなのか、気になっていたのである。

また交通や通信手段の進歩により職業の多様化と移動範囲の広域化が当たり前の今の時代、いわゆる地元民でも職域イコール住域という住民は少なくなりつつあるように思える。将来移住者や他の集落区域を職場とする人が多くなれば、地縁血縁は薄くなり住民の最大の共通点はその集落区域に寝泊りする家があるということしかなくなる。職住一致が集落の要件という観点から見れば集落は消滅の方向にある。

そういう状況が強まれば、集落は、生計関連機能は農業従事者や観光事業従事者などに細分された町規模での個別任意団体に統合され集落区域単位の地元密着職域支部となり、地域住民全体対象の行政関連機能は公共行政(町)の末端専門組織になって行くのではなかろうかという気がする。

公共行政(町)の末端専門組織は町全体あるいは町住民全体対象の共通事業の出先である。集落独自色は出せない。そうなれば集落独自のアイデンティティはそのアイデンティティと利害関係のある地元密着の任意職域組織が継承していくことにならざるを得ない。田舎暮らしとは地元密着の任意職域組織が醸し出した雰囲気の中に暮らすことだということが今よりもっとはっきり見えてくる。むかしから例えば農村集落は農業職域組織として実質取り仕切られてきたのだから、そういう面が強調されるようになって来ても不思議はない。

そうなれば法的な位置づけがはっきりし、公共行政(町)の集落との関わりも明文化され、移住者の私としては公共行政(町)と集落のあり方をすっきり理解できるのかなという気がするのである。都会から来た移住者としてはどうしても、同じ区域を職域とする事業者の組織(例えば商工会など)と住域とする住民の組織(町内会)のようなかたちが分かりやすいのである。

さて、屋久島では今年合併話が頓挫した。その合併協議では集落の取り扱いについても課題に挙がっていたが議論は先送りされたらしい。その課題の名称だけでは何を議論することになっていたのか分からないのだが、もしかしたら今後合併が推進され町の規模が大きくなったら、その行政展開の仕方・集落の位置づけも見直すということだったかもしれない。

No.02  屋久島(2):集落のこと(1) (H12.05.05)
No.289 町内会のこと
  (H20.11.17)


 
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