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臨時国会が始まって、野党の大臣の資質を問題にすることを狙った質問とそれに引っかかって返答に手こずる姿がメディアで面白おかしく報じられている。切り抜けられない大臣は問題だが、私はそのやりとりなどの様子を見ていて、引っ掛け質問や失言誘発質問の不毛さにうんざり気味である。
なぜそういう状況が、よく見られるようになったのか考えるに、いわゆる正義ぶったジャーナリスト出身議員が出て来てからのような気がしている。まずは大臣などの資質を疑わせることが目的で、クイズまがいの質問をしたり、わざと質問通告を行わずに質問をして、答えられないと大臣を辞めた方がいいのではないかと迫る。こういう手法は、メディアが結論ありきの取材で自分たちに都合の良い反応を得るため、本質とは関係ない質問や誘導尋問まがいをして、自分たちの想定する結論に都合よい反応を得たらその結論を振りかざし決めつけるのに似ている。
私企業・マスコミとその従業員たる記者などは国民の審判を受けていないから、国民の審判を受けた政治家は結論ありきの取材をされ報道されても、その客観的証拠に欠けている報道に対抗し国民に向け事実誤認の訴えを発信することには重みがある。しかし、国民の審判を受けた野党議員に国会の場でメディアの取材まがいの手法で質問されそれに対する応答で責められては、責められた大臣などは自身の公式発言であるだけに対抗に苦労するわけである。
わざと引っ掛けるような質問で大臣の資質を疑わせる様な雰囲気を作る。マスコミあるいは記者がその裏付けをなるように、議論の本質から外れた質問を投げかけて資質を疑わせる言質を取ったり、本来の内容とは異なるはなしの前後を無視して切り出し疑わしいと言質にしたり、わざと怒らせるような質問を繰り出し相手が怒って反論してきたらはなしの前後を無視して反応した部分のみを切り出し言質を取ったと主張する。そして思い通りの結論を仕立て上げたりするわけである。それをまた野党議員が利用して悪循環が始まるのだから始末に悪い。
私は疑惑があるなら、それはそれで追及すればよいと思っている。しかし野党やマスコミなどの、何となく怪しいのではないか、つまり単なる想像を根拠にそうであるかのような追及は悪質であると思っている。ただ追及側が怪しいと思っていると主張しているだけなわけで、それが本当かどうかは分からない。冤罪をかぶせようとしているのでなければ、客観的証拠でその追及の正当性を証明すべきである。それが出来ないのに正義面して追及しても、想像をもとにした難癖の類だから答えようがないのは当然である。時間の無駄だし不毛である。また難癖をつけ始めた者などにそれを認めさせ白状させるに、その温床であるマスコミ・記者そしてそれにつながる議員が頼りという現状にも無力感がある。
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屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
No.428 森友・加計問題_国会・マスコミのいじめショー (2017.10.16)
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