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  たわごと編: No.285  
  2015.06.01 追い込み漁捕獲イルカはダメ_水族館用イルカ  
 
  世界動物園水族館協会(WAZA)から追い込み漁で捕まえたイルカの入手を止めなければ除名するという通告をつきつけられていた日本動物園水族館協会(JAZA)は回答期限前日の5月20日、追い込み漁で捕まえたイルカの入手を止め国際組織にとどまって海外と希少動物を貸し借りするルートを温存するという決定をしたという報道があった。

決定は決定として、私は世界動物園水族館協会のイルカの追い込み漁がダメという主張にはいささかその根拠に違和感がある。漁業というのは釣り・銛突きや射撃・砲撃で魚やそれに類する動物を獲る以外は大体が網を動かして網の中に追い込むか網を固定してその中に何かの手段で追い込むわけである。ほとんどの場合、生け捕りにしなければ獲物は死んでしまうわけである。だから追い込み漁が問題というのは理屈が通らない感じがするわけである。

それならイルカだとダメということとした場合、その理由はイルカは知能が高い動物だからということが主張理由にあるかも知れない。イルカの生け捕りがダメということなら、いま全世界の水族館にいる繁殖イルカもその先祖を遡れば初めは生け捕りされたものだったはずである。そしていま生け捕りがダメと言う理由は、繁殖させることが可能になった主流勢力がそれを世界標準にしようとしているからと考えられる。繁殖で水族館用イルカを維持していくことについてはそうしたほうがよいとは思われるので、高度な努力目標としてそれを掲げその実績向上をフォローして行くならそれはそれで理屈は通る。しかし絶対的というはなしには違和感がある。

またイルカは知能が高い動物だから、太地町の追い込み漁で捕獲以外に追い込んだイルカを食用に殺したりするからだめという主張理由も考えられる。そうだとすれば、追い込み漁およびその獲物を殺すことはイルカ以外はよいのだがイルカはダメ、あるいはそのイルカを食用にするのがダメということになる。追い込みがダメということはないと私は思っている。アフリカなどで保護区に動物を移動させるとき対象動物を生け捕りにするが、そのときは車などを使ってひとが檻のある方に追い込んだり、追い込んで麻酔銃で眠らせるわけである。追い込みは動物を保護するため生け捕りする手段でもあって、イルカだけ追い込んで生け捕りしてはいけないという理屈は通らないわけである。

そうなると知能の高いイルカを殺すことそして食べること、すなわち知能の高い動物を殺して食べることがダメというのが主張理由かも知れない。もしそうなら全世界で牛や羊や豚あるいは国によっては犬やカンガルーなど知能がある程度高い動物を殺して食べている。その指摘に対して、家畜化したものはよいのだという反論があるかも知れない。しかし家畜化したらよいと言うなら、繁殖させたイルカなら殺して食用にしてもよいということになる。このように知能の高い動物だから殺してはダメ、食べてはダメという理屈では矛盾が出る。

私が思うにこういう議論になる原因は、特定の文化圏の価値観で割り切ろうとするところにある。動物の種の多様性を維持する観点から資源の管理が必要なら、捕獲量を規制するとかいろいろやり方はある。しかし今回の事件は特定の食文化圏あるいは動物愛護文化圏の価値観をグローバル化しようとして他の文化圏を抑圧しようとしているような印象があって違和感を持ってしまうわけである。


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