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  偏見ご免のたわごと編:  No.035
本当に学問から出て来る意見なのか_日本学術会議会員任命拒否 2020.10.06
  10月2日に知ったのだが、日本学術会議の会員について、推薦された人のうち6人を菅総理大臣が任命しなかったことがメディアなどで問題として取り上げられている。私がその問題だという報道を初めて知ったそのときまず思ったのは、その6人が中国や韓国など他国から研究費名目で金をもらっていて、それらの国に都合の良いような言動をしていたのではないかというものである。これらのひとではないがテレビなどで大学教授のような人物で他国の代理人みたいなことを言っているのを見ると、その国の工作員かという気がしたりする。中国や韓国など外国にそういう人物を養成するために予算を使っているというはなしもある。ただ学問という視点からだけこの問題を見るのはおめでたいはなしかも知れない気がしたのである。

その後のこの問題の議論を見ていると、首相の任命拒否を支持する側の、日本学術学会は、政府機関としての本来の目的を離れ、特定のイデオロギーに染まった一部の学者による政治的な工作活動の場、日本国の学界を縛る場となってしまったという批判にはそれなりの理があるようである。一方、任命拒否に反対する側の、日本学術会議が、政府に対する政策提言機関であるならば、科学者としての客観的、かつ、独立した立場が保障されている機関であるべきで、単なる政府の翼賛機関あるいは御用学者団への変質が危惧されるという批判もそれなりに理があるようである。要は、日本学術会議からイデオロギー色を払拭すること、および研究者の幅広い声を政治に届けるための閉鎖的ではなくより開かれた組織に改変することが、今後の課題のようである。私はそれはそれで進めてくれればよいと思っている。

私の関心は別のところにある。
今回推薦されながら任命されなかったのは、
小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)
岡田正則・早稲田大教授(行政法学)
松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)
加藤陽子・東京大教授(日本近代史)
宇野重規・東京大教授(政治学)
芦名定道・京都大教授(哲学)
この6人は安全保障関連法や特定秘密保護法などで政府の方針に異論を唱えてきたということだが、国家の抱える問題・課題を解決するための法案に対して意見を求められたのだとして、述べる意見と学問(なんとか学)の間にどんな関係があるのかということである。例えば物理のようにすべての学者が共通に基礎とする公式から論を発していないから、自分がいまあるものあるいは知っているものから自分がそう思っているのだということ主張しているに過ぎない気がするからである。

法は国会が立法したものである。歴史は過去のひと達の活動の結果である。政治は政治家と国民の過去の選択の結果であり現在の在り様である。思想はそれこそ人間が自分の思いや考えを理屈付けして来たあるいはしているものである。すべてひとがどう思ったかどう思うかで出来て来たものである。その研究というのは植物や動物を分類するに似て、現実にあったものあるものがどういうものなのか解説することのように思えるわけである。そしてその対象がひとの言動やその成果であれば、それをどう解釈するかということは自分がそれをどう思うかということと同じように思えるのである。

現実にある国家の問題・課題を解決するための法案に意見を聞かれたら、まずその問題・課題を解決するのに現実にどうすればよいのか考えることが必要である。そして自分が研究して来たことすなわち自分がいまこうだと思っていることから考えて、適当でないならば国家の問題・課題を解決するためどういう解決策があるのか、研究の知見に基づいた改善意見を提示すべきである。そういうことがないことが多いから、国会審議で人文・社会科学系の学者の反対意見を聞くと違和感があるのである。

補足: 政府の任命拒否に関する説明が抽象的_理論武装して発表したら
2020.10.19
任命拒否の理由が公安マターだったら本当のことは言わないだろうと思われる。理由がどうあれ、専門領域の業績のみにとらわれない広い視野に立って総合的・俯瞰的観点から内閣総理大臣が日本学術会議法に基づいて任命を行ったという説明の評判は芳しくない。説明するなら、なるほどと納得させ文句を言えないくらいのことを考えた内容にしたらどうかという気がしてならない。

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