向田邦子の短編だかエッセイだかに「眠る杯」というのがある。滝廉太郎作曲として「荒城の月」は有名だが、作詞は土井晩翠でその詞の中に、「めぐる盃かげさして」という箇所がある。それを聞いて「眠る盃」と覚えてしまい以来なかなか修正できないという思い出ばなしだが、思い間違いや言い間違いになかなか気づかず恥をかいたりすることはよくあることである。
私は、むかしある人物がなにも行動しない人間を戒める言葉としてよく言っていた「沈香も焚かず屁もひらず」という言葉をその人物が沈香(じんこう)を(ちんこう)と言い間違っていたため「ちんこうもたかず、へもひらず」と耳で聞いて匂いの対比だから「珍香も焚かず屁もひらず」だろうと思い込んでいたことがある。そしてそれを聞いていた当時の仲間などで話したりして、匂いよりも動きを表現しており役立たずの行動の様を非難する喩えにぴったりの感があるから「ちんこも立たず屁もひらず」だろうなどと面白がった憶えがある。
それから10年くらいしたころ中国物産展に行く機会があった。良い匂いがしていたのでこれはなにかと訊ねたら「じんこう」であるとの答えだった。私は「じんこう」を残念ながら知らなかったのだが、そこで一片を買った。家に帰って包みをあけ桐箱の表に「沈香」という字があるのを見てこれがあの「ちんこう」かと思ったわけである。ちなみに香木としてその名は知っていた伽羅は沈香の特に質の良いものらしい。
そして最近のこと、そのむかし買った沈香が物入れを整理していたら出てきた。それで「じんこう」を「ちんこう」と思い込んでいたむかしを思い出し、そして向田邦子の「眠る杯」を思い出してしまったというわけである。出て来た沈香をこれは当時中華街で買った香炉で焚いてみたが、感激するほどの香りはしないので多分あまり質の良いものではないあるいは人工ものかと思われる。それがしまい込んだままだった理由のようである。
補足: 「沈香」の読み方_「ちんこう」も間違いではなさそう
2021.12.01
今日たまたま見た「ふりがな文庫」というサイトに、沈香が載っていた。青空文庫などで公開されている作品に含まれる「ふりがな」の情報を元に語句に振られたふりがなの使用頻度や用例を載せているということである。
そこから抜粋したのが以下である。
沈香”のいろいろな読み方
読み方 割合
じんこう 53.8%
ぢんかう 30.8%
ちんこう 11.5%
ちんかう 3.8%
(注)
作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があるということである。
(関連記事)
屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編:
No.39 沈香のこと [2001(H13).02.12]
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