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知り合いの私よりさらに高齢なひとで、幾つかの病気を抱えているひとのことである。定期的かどうかは知らないがときどき島外の病院あるいは医院に診察・治療に行くのだが、最近通うのも負担になってきて島内のある診療科の医師に主たる症状の経過フォローをしてもらおうかと考えて受診したそうである。私の聞くところによると本人は自分の病歴を細かく知ってもらいまた自分の病気に対する対応姿勢を理解してもらい、その上で自分がどんなふうに見てもらいたいかを医師に伝えたかったようである。要領を得ない話し方だったのか伝え方が悪かったのか、時間が経ってもはなしが伝わらなかったようで待たせている患者もいるということで尻切れになり経過フォローしてもらうはなしまではいかなかったようである。
私がそのひとの気持ちを忖度するに、初めてだから病歴を全て把握してもらいたい、そしてこの問題についてこれからの日々をこういう考えで過ごしたい(例えば、悪化しても手術はしない対処療法で苦痛を軽減しなるべく周囲に負担をかけないで最期を迎えたい)ので、そういう方針で経過フォロー願えないかと伝えたかったのではないかという気がしている。多分その人はいま診てもらいたい気になる症状について他の病気と独立して診断され処置され新たな問題が誘発されるのを気にして、病歴など細かく自身の状況を伝えようとしたのではないかと思っている。
私も経験があるが、患者として医師にものを言うとき思っていることが伝わらないと感じることがある。私の場合は、自分が何を気にしているのかということがなかなか伝わらない感じである。現実に処置しているときのことはあまり気にしていない。気になるのは自分の今後の生活へのそれらの影響である。処置結果の今後への影響とか処置前と異なる体調発現時の薬の副作用や投薬の妥当性その他に関する対応などである。この先の安心を得たい気持ちが強い私は、なるべく心配・疑問が解消するような適切な説明もしてほしいわけである。
こういうことは目の前にいる明々白々具体的症状・患部が明らかな患者の場合と異なって、ある意味患者の体質や病歴などを含む過去とその延長にある将来を見通す人生への関与という部分がある。しかし自分全体をとらえてそのとき何が問題になるのか見通したいという思いは伝わりにくい。そして私の感じでは、多分知り合いは自分の残りの人生の頼りにすべく島内に病気だけでなく自分をひととしても診て行ってくれる医師を求めていたのだと思われる。
ネット記事を見ていたら、医師が患者とうまくコミュニケーションをとるために提案されたという患者タイプ分類に、父権型(「だまって私の治療を受けなさい」というのを望むタイプ)、解釈型(自分では問題を具体化できず医師に導かれ答えを探すタイプ)、情報型(自分で情報を集め自分で治療を選択するタイプ)、審議型(具体的な解決策を自分なりに考えるが結論に至ることができず、医師に友だちのような役回りを期待し同じ目線で議論して答えを求めるタイプ)というのがあるそうである。父権型は時代遅れ、解釈型は優柔不断、情報型は近代的などと患者をそれに当てはめて対応している勘違い医師が結構いるが、ひとは誰でも、情報型、解釈型、審議型、父権型の要素が、少しづつ混在しているのだそうである。私も知り合いは各タイプが混在しているひとだと思っているが、もしかしたらコミュニケーションの印象から医師は父権型として対応するのがよかろうということで尻切れになったのかもしれない。
いずれにしても、初診で患者も医師も互いに相手にどういう印象を持つかでその後の関係がある程度決まってしまうかも知れない。これもネットで見たのだが、「臨床実習を始める医学生のみなさんへ・診察の仕方を学ぼう」という記事があった。初めての患者との会話の仕方などが書いてあったが、今回の知り合いが病歴を細かく伝えたいというのに関連したところでは、病歴の聞き取りについて人間的な付き合いの始まりとあったのが興味深かった。以下、抜粋紹介する。
・病歴の聴取は、的確な臨床診断を下すために必要となる情報を獲得する有力な手段であるが、そればかりではなく、患者と病気を介して人間的なお付き合いを始めるための重要な第一歩である。病気のことを聞き出すための質疑応答というような単純なものではない。
次第に人間的な信頼関係が築き上げられていくことがはっきりと分かるような、打ち解けた「会話」でなければならない。
・的確な臨床診断を下すためには、患者についての正確で漏れのない情報が不可欠で、
この情報を得るために行う最初の働きかけが「患者への病気に関するインタビュー」すなわち病歴聴取である。
・診療に必要な情報は以下のようである。
・・・氏名・性別・生年月日と年齢・現住所・職業など、すでに診療録(カルテ)の表紙に記載済みの基礎データ
・・・現在悩んでいる病気の経過、過去の病気や家族のことなど、疾病に関するデータ
・・・趣味や嗜好、性格や性癖、信条や習慣、仕事の概要や日常の生活状況など、社会や家族の一員として過ごしているその姿が彷彿できるような生活データ
・・・病気になったために起こってきた心配事や悩み事など、心の中に仕舞われているために、容易には聞き出しにくい心のデータ
・これらの情報の大半は個人のプライバシーに属するものである。
初対面の人からこんなことを詳しく聞き出すことはほとんど不可能だが、この不可能を可能にするために日常の医療では細心の注意が払われ最高の技術が行使されている。
最後の「この不可能を可能にするために日常の医療では細心の注意が払われ最高の技術が行使されている」という部分は、医学生に医療現場ではそう実践されているのだ、あるいはされるべきものだと教えているわけである。
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