似たようなことは今までに2回あった。一回は鹿児島大学の学生で1時間くらいの面談だったが、行政がらみの委託された目的があったようで成果のまとめ方をあらかじめ想定した聞き取りだったような記憶がある。何組かに分かれて広範囲に調査したようである。
もう一回は群馬大学の大学院生がやったのだが、顔は見せず質問票をポストに入れて行って答えを返送するというかたちで行われた。質問票前文によれば私の住む集落全戸に質問票を配布したようである。質問は移住者と地元の人の移住に対する見方を対比しようとするものであったような記憶がある。
今回の京都の大学生は事前にまとめ方を想定して質問を用意している様子はなかった。サンプル数1の調査なのか、よく会社の研修である企業を訪問しその所感をレポートにまとめるという課題があるがそんな感じの訪問調査なのかと聞いてみたら、屋久島関連のホームページを調べて何軒かにアポイントメントをとっているとのことである。その他は現地で紹介を受けたりして数を増やすつもりで来たらしい。
質問は、なぜ屋久島に来たか、その訳は。来るに当たっての経済的問題は。家族などの反対はなかったか。来て困ったことは。来て生活は変わったか。過ごし方は。来てからの交友関係は。というのは聞かれたことに強い印象はなかったが、趣味嗜好の系譜や内容を問われるような質問をうけたことは印象に残った。多分まとめ方としては、その人のものの考え方、やってきたこと、好き嫌いなどから、このような属性の人間は移住に対しこのような意識あるいはアプローチをするというようなかたちを想定しているのではないかと思えぬでもなかった。
いつもは気安く自分のことはしゃべらない私だが、子どもより若い学生にかなりサービスして感情的側面までしゃべってしまった。一人で質問に受け答えするということは自分に100%ウエイトをおいたしゃべり方に陥りやすい。自分を過大評価しているバカということになる。しかし自分の中ではかなりのウエイトを持って記憶していることや意識しているものが、よそ目にはたいしたものでないことは自分の今を見れば分かる。ちょっとはしゃぎすぎたかもしれない。文化人類学を学んでいる学生にはそれはとっくにお見通しのことだと思うが、しゃべったことになんとなくこそばゆい気がしている。
付録:(犬のこと)