屋久島生活の断片・日誌編
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No.13 ごみ事情のこと (H12.07.25)

このところ町からの連絡放送でごみの捨て方についての注意がしきりにある。曰く分別が悪い、他区域のごみステーションに捨てるな、収集当日8時30分までに出せ、前の日に出すなというようなことである。

屋久町ではごみは町内各所のごみステーションで収集している。生ごみ、食用油は備え付けの容器に捨てる。燃えるごみ、燃えないごみ、燃やせないごみは町指定の各ごみ袋に入れて捨てる。それぞれの指定曜日に捨てる。発泡スチロールと粗大ごみも上記のものとは別に指定曜日に捨てる。

私の家の区域の
ごみステーション

ブロックの囲いの
中に捨てる

黄色は食用油用
白色は生ごみ用
の容器

町のクレームの件である。自分の区域以外の他のステーションに捨てるなというがよく観光客が捨てている。ごみをどこかに捨てられるより分別が悪くてもステーションに捨ててくれたほうがマシなのではないか。またわざわざ迂回しなくてはならない場所に区域のステーションがあれば通勤途上で町内の他の区域に捨ててもよいのではないか。

また収集当日朝出せという。朝都合悪ければ生ごみ以外は前日収集作業がすんで以降なら出して良いのではないか。周りに迷惑になることもない。なにしろごみステーションがまばらで遠く、ちょいと捨てには行かれないのである。車がない、免許がない人にはつらいシステムである。

我が家周辺の人家とごみステーションの配置が以下の図である。

黒の四角で囲った赤が我が家の区域のごみステーション

都市に住んでいた時は五から六軒ごとくらいにごみ集積指定場所があった。となりの集積場所もすぐ見えていた。住宅地だったのでただごみはここに出せと指定された路側である。ごみを持っていってしまえばもとの普通の道路である。ステーション施設はない。10Mも歩けばよかった。

今我が家からごみステーションまで500Mはある。近所に50過ぎのご婦人が90過ぎの親と二人暮ししている。もっと家の近くにステーションをつくってくれないかと要望したことがある。施設を作るには土地が要る。地主との折衝等がありなかなか難しいとの回答だった。施設はなくても都市部のようなごみ収集のやり方は出来るのではないか。

パリに行ったことがある。ホテルの窓がちらちら光るので外を見た。まだ夜は明けず暗い。昨夜寝る時には見えなかったごみが歩道にいっぱい出ている。道路工事のような照明装置が照らす中収集車にごみをいれているのが見える。ごみ収集車が去った後は道路の汚れを放水してきれいにしている。そして作業員はいなくなった。

夜が明けて人がちらほら歩きはじめる頃はだんだん道も乾きはじめてごみやごみ収集作業のあったことさえわからない。それを見て感動してしまった。行政の決意と体制整備のほどがしのばれた。

いまダイオキシン垂れ流しだった屋久町はやっと野焼きを止め分別収集を定着させようとしている。だがその推進実態はまだ住民の便宜よりは行政の取り組みアリバイつくりのレベルのようである。

生協のごみ処理見学会の報告を見たところでは分別収集していても生ごみ、食用油、燃えるごみ以外はみな埋め立てているらしい。それなら分別が細か過ぎやしないか。

生ごみは専用の処理場がある。堆肥処理センターとかいう。見に行ったことはない。うわさではおがくずと生ごみにすごい酵素を混ぜて堆肥を作るらしい。1週間で骨もとけるらしい。小説「OUT」にでてくるような死体ばらばら処理請負人にはもってこいのようである。小説ではばらばら死体を宅急便で田舎に送りそこのごみ処理場で処分してしまうというものだった。現実味がある。生ごみ処理場のことを聞いてはじめに思い浮かべたのはこのことだった。

 
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