屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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 No.305 裁判員制度のこと  (H21.05.11)

裁判員制度による裁判がそろそろ始まる気配である。私は裁判員候補に選ばれていない。通知が来ていないから今はそうだが、いつか通知が来るかもしれない。その可能性もあるから裁判に参加したらどういうことになるのか考えることがある。そしてまた裁判員参加の裁判で裁かれる身になったらどうかということも考えることがある。

裁判員制度については時々の報道で見聞きするくらいで詳しく知らないが、裁判の前に裁判官と検察官と弁護士で事前に証拠選びだか争点整理だかをするというはなしである。私はこれに怪しさを感じている。その時点でもうそれら三者の判断が入り裁判の方向性が決まってしまう、極端に言えば司法取引に似て裁判が終わっているに近い印象を持つのである。裁判員はそこで決まったシナリオどおりのドラマの舞台を見て、ドラマの良し悪しを判定するに似た印象を持つのである。

検察側がその主張に沿った証拠や捜査資料だけで裁判に持ち込むことに成功したらどうなるかとか、途中で新たな証拠が出てきた場合あるいは取り上げなかった証拠の有効性を見損なっていたときはどうなるかとか、心配になってくる。すべての証拠や捜査資料の開示とその検証がなされないとすれば、私なら裁判員に何回呼ばれてもすべての場合で無罪と主張したい気分になる。何しろ死刑にもなろうかというような重大事件なら慎重になる。

私としては、検察・警察側はすべての証拠と捜査資料は開示すること、勿論すべての取調べは録画し開示することにして欲しい。そしてその開示で証人が危険に陥らないために開示対象者や開示方法などの対策もして欲しい。さらに検察・警察側が証拠や資料を隠した場合犯罪として立件されるようにして欲しい。検察・警察側がやましいことをする可能性があると自ら思っていると批判されないようにすることが先決である。

その上で検察官と弁護士が論争することとし、裁判進行中に現れた検察側の新証拠・その捜査資料は随時開示することにして欲しい。検察側の主張に対しそれを覆すのが弁護側なのだから、検察側はすべての証拠・資料をさらけ出して反論を受ける必要があると思うのである。自分が被告になったら徹底してそうやって欲しいと思う。また今までの職業裁判官だけによる裁判でも冤罪が発生しているのに、証拠・資料があってもすべてが開示されない中で素人の裁判員に評決を求められたらたまらないという気もするのである。

私としては、すべての証拠・資料が開示されても正しく判断できる自信はない。職業裁判官が取り調べ可視化とすべての証拠・資料の開示義務化の下で行った裁判で冤罪が大いに減少したという実績を積んでから、また合わせて裁判員が有効に機能する裁判の進め方を検証・確立してから、裁判員を評決に参加させる方がよいのではないかという気がしている。

「それまでは」、取調べ可視化とすべての証拠・資料が開示義務化の下でなされた裁判で、裁判員にはこういう犯罪にどういう印象を持ったかとか、こういう犯罪ならこのくらいの処罰をして欲しいと思うかとかという世論の代表意見みたいなものを、裁判の初めから終わりまで直接参加したものとして出してもらうにとどめ、職業裁判官はそれを参考にするがそれに縛られず有罪無罪や量刑を決めるのがよい気がする。

私が思うに、事前に争点整理するということは裁判員にある程度しか信頼を置いていないということである。それなのに評決の責任まで負わされてはたまらない気がする。前段の「それまでは」を「これからは」にする方がもっとよいかなという気もしている。

また裁判員制度で裁判官が世間に疎いのを補完することと、すべての証拠・資料を開示せず犯罪ストーリーでっち上げに陥る可能性を高めることは、裁判の公正さを求める観点からは矛盾した方策である。今までに冤罪になったあるいは疑義のあった裁判において、裁判官が世間に疎いのがその理由だったのか、間違った結論に誘導する証拠しか提出しなかったことがその理由ではなかったのか検証した結果を知りたいものである。

補足1: 検察特捜が可視化要求  (2010/H22.10.11)

大阪地検特捜検事の証拠改ざん事件で、当時の特捜上司が関与していた疑いで逮捕されている。逮捕後かそれ以前か知らないがその上司が検察上層部の描くストーリーで取調べされたくないと取り調べの可視化を要求したということである。

自分たちが築きあげてきた取調べのやり方を当事者が信じられないと言っているわけである。今までに築きあげてきたやり方が正当ならば素直に受け入れられるはずである。そうでないということが明らかになったということは、検察の取調べのやり方がでたらめあるいは信頼できないものであると部内者が白状したということになる。

補足2: 取り調べ可視化は全面採用されるべき  [2012(H24).10.19]

最近いくつかの脅迫メール事件がPCが遠隔操作されてのことだと判明したことと併せ、乗っ取られたPC持ち主が逮捕されたり起訴されたり処分されていたことが報道されている。容疑者にされた人たちは警察や検察の取調べで初めは否定していたのに追及に耐え切れず虚偽の自白をしてしまったようである。これを見れば今の取調べはやろうと思えば簡単に冤罪を作り出すものであることは明白である。警察や検察の取調べは全面的に可視化されるべきものであることも明白になったわけである。


 
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