屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
                     Home > 目次_top  >  記事

No.239 見ると思い出すこと  H19.03.12)

以下、お前はどれだけの者だと言われるかもしれないが、歌が下手な素人がプロの歌手のうまい下手を評したり好き嫌いを言ったりする類のはなしである。

石原都知事のカリスマ性とリーダーシップは世間で大きく評価されている。功績もそれなりにあがっているのだろうと思われる。しかし最近は傲慢さや差別的発言などに対する批判を聞く機会が多くなった。選挙が近づいてきて対抗勢力の発言が目に付くからかもしれないが、人柄に関する批判がでるような言動はそのカリスマ性とリーダーシップの裏になにかコンプレックスがあってその反動ではないかという気がする。

私は石原氏の自分が偉いと思いすぎているようなものの言い方が嫌いである。わざとそういう態度でものを言っているのか無意識にしているのか知らないが、自分の弱みを隠す手段のように見えて仕方が無い。私がそう思うのはかなり以前に感じたなんだこりゃという印象がその後の石原氏を見ていても変わることが無かったからである。 石原氏を見るといつも思い出す。

我が家のTVが白黒だったすごくむかしのことである。多分当時国会議員だった田英夫氏と石原慎太郎氏が時期は定かではないがなにかの対談番組で核について議論したのを見たことがある。日本の核武装をいうのは当時はばかられる雰囲気があったから、多分核持込を容認するかしないかということが論題だったかもしれない。

冒頭二人が核に関する論題に賛成か反対か表明し、その後論議をすすめることになったのだが、石原氏は即座に大見得を切るように僕は賛成ですねと言った。その威勢のよさは粋がっているのか傲慢なのか相手の意見など聞くに及ばないと言っているように見えたものである。

勿論田氏は反対を表明し、互いに質疑応答しながら議論が進んで言ったのだが、だんだん石原氏は穏やかな話し振りの田氏に押され気味になって最初の勢いはどこへやら番組の最後にはお互い同じことを言葉を違えて言っているのだと発言をまとめたが、その同じこととは田氏の主張に沿うようなものであったから私は石原氏が田氏に負けたと思った。石原氏は威勢のよいことを言うのだが、その主張は感情あるいは思い込みが先行していて意外と脆いのではないかというのがそのときの私の印象だった。それが彼のカリスマ性とリーダーシップの裏にあるコンプレックスではないかという気がするのである。

あのとき石原氏は田氏に負けたと自覚したはずである。しかし受けを狙ってか威勢よく勇ましいことを言うこと相変わらずである。そしてその威勢に押されて突っ込んで質疑をしないでいれば彼の裏は見えてこない。石原氏はなにか不都合そうなことを問われると口封じをするよう な態度をとるのは、意識してかしないでか自分の主張が深い議論に耐えられなそうなときそれを避けるためにとっている作戦ではないかと思われる。メディアなどかなりの人がその作戦にしてやられているような気がする。


 
 Home   back