屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.229 期待したわけのこと  H18.11.06)

9月に小泉首相が退陣したが、そのあとある雑誌から小泉元首相の成果に関するアンケートのメールが来た。アンケートのサイトで質問項目ごと選択肢から該当する答えを選ぶかたちのものである。私は中国との交流を避けアメリカに追随しようとする戦略の功罪が今後どう出るか分からない、内政ではいまのところ不良債権処理以外あまり成果があがっていないのではないかという印象を持っていたので、回答は総合的に見ればややよくない評価が多めになってしまった。

それは私の期待が大きかったからなのかもしれない。私は登場については期待を持って見守った方である。なぜ私が期待したのかと言えば、「自民党をぶっ壊す」という言葉になにか秘めた思いを感じたからである。と言っても、私の期待したわけはそんなに高尚なものではない。

サラリーマンは、トップの言うことに従って仕事をする。ポジションが上の人はトップじきじきにいわれて動く。その下はトップの意に従って動く人の指示に従って動く。それが下々に展開されて末端まで行くわけである。細かいことでは自主性を発揮できても、トップの方針や考え方やり方に逆らって仕事をすることはできないものである。

例えば、いままでのトップに逆らった方針や考え方やり方を採ろうとする新しいトップが登場したとする。その新しいトップがトップになるまでには、逆らいたい方針や考え方やり方に従って出世をしてきたわけである。つまり胸に秘めた思いがあっても、出世するまではそれを押し出さずいままでのトップに排除されないようにして出世してきたわけである。自分のやりたいようにやるにはトップになるまで我慢ということである。

自分ならこうしたいという思いはあっても、トップの意向に逆らっていまそれを主張すれば冷や飯食いか辞めることになるのが落ちと分かっていれば、ほとんどの人は我慢する。そしてその中から出世してトップにたどり着く人もいるわけである。私はその一人が小泉氏ではないかと思ったのである。今までの大勢からはずれる思いを持ちながら我慢をしてトップに手が届くまで出世した、その人が「自民党をぶっ壊す」とまで言うのだから、はぐれサラリーマンだったものとしてはなにかよい方向に変化していく兆しかと期待したのである。

ところで、いつもそういう人に期待はするのだが、会社時代にトップ交代で似たような期待をしたときの経験で言えば、改革の成果を出そうと目玉の活動にとらわれすぎて、本質的改革に至らず業績はそれほど上がらず、以降更なる業績低迷に苦しむことになった例を見ている。小泉時代のやり方が当時の会社の活動の仕方と似ていたような気もするから、少々今後の成り行きが気になっている。


 
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