屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.208 ゆりかもめのこと  H18.05.22)

4月のこと、東京の新交通システム「ゆりかもめ」がハブ破損による車輪脱落で2日にわたり運休となったというニュースに接しての感想である。

これが新交通システムと言われるのは、無人運転というところにあると思われる。そのためのメカトロ部分で新技術があるということだろうが、他のほとんどは土木工事と電車と自動車の既存技術で作り上げられていると思われる。しかし新システムという名には、既存技術がささえる領域部分まで何か今までと違って格段に信頼性が向上していると思わせる作用がある。

新交通システムの適用性評価は、その売り込みや実現のために都合のよい結果が出るように前提条件を設定すればそれなりの答えが出るのだから当事者やその関連団体のやったものは割り引いてみないといけない。多分開発側は売り込みに新システムという名で効用を誇張し、運行側はその名に過大な信頼を置きすぎていると思われる。

今回破損のハブは、それが既存技術領域でありながら新システムで信頼性が向上しているということになっていた可能性がある。ハブの点検作業を目視でしかしていないと報じられたが、現場がきちんとしなかったのではなく整備システムとしてきちんと規定されていなかったのではないかという気がする。なぜなら同様のシステム・横浜金沢の「シーサイドライン」でもハブの点検作業は「ゆりかもめ」と同じようなやり方だったとの報道がそれを証明しているように思われるからである。

また今回そのハブ破損で復旧に2日くらいかかっている。大量輸送の重量級システムでもない都会のバスと競合するような軽便な域内交通システムがバスにバックアップしてもらわなければならないほど長時間、それも全システムが停止してしまうということは、レスキューシステムが確立していないあるいはこういう事故を念頭においていないことを思わせる。

インフラが破壊するような事態は別にして、無人運転なら動かなくなる事態や止まらなくなる事態を事前解析して対応方法を確立しておくのが当然である。新システムがハブ破損を検出し自動停止するところまでは機能したのかもしれないが、そのあとの既存技術で十分カバーできる車両自体のレスキュー作業もシステムとして整備されていないような印象である。新システムという名に酔って都合のよい適用性評価結果が出る前提条件以外の検討をおざなりにして全体システムがまとめられたのではないかという疑問が残る。

新しいシステムを何とか動かしたい。そういう気持ちだけが先行して導入してしまったそのツケが出てきたのではないかと気になるところである。今後「ゆりかもめ」や「シーサイドライン」では運行や整備のシステムが改善されていくとは思うが、これからも出てくる交通に限らない何かの新しいシステムについては、新しいことをやりたい熱意だけを過大評価しないようにという警鐘かもしれない。


 
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