屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.207 対外軋轢に思うこと  H18.05.08)

竹島近海海底測量で韓国が実力行使も辞さずの状況下、外務次官級の交渉で日本は今回測量しない、韓国は今年6月には海底地形への韓国名命名案を提案しないとの合意がなされ問題先送りとなった。そのあとで、韓国政府は愛国教育で妄想する国民感情に弱腰と突き上げられ、大統領がまたまた強硬談話を発し、日本対策専門チームまで作って対日戦略を練るまでに追い込まれているようである。日本は対抗できる体制をとっているのであろうか、気になるところである。

ところで竹島領有問題について決着をつけるに当事者間交渉がだめとなれば、むかし風に言えば決闘をするか権威に裁きをゆだねるかしかないだろうと思われる。それまでは双方が諦めていないのだと主張しいがみ合いを続けることになる。日本は裁判の結果が自分に不利になろうとも国際司法裁判所に裁きを委ねると言っている。裁判の結果を受け入れる覚悟がない韓国は、日本が決闘する気が無いと踏んで、世界に自国の正当性を印象付けるために強気でちょっかいを出し続けるしかないのかもしれない。

韓国は強硬な姿勢をとるについて、靖国問題などでいわゆる日本の歴史認識について反省が見られないからと理由付けているが、いわゆる国家が言う歴史認識とはその政権の見方である。歴史認識を非難するなら、両国が認識している歴史事実と言われるその内容の正否について検証すべきである。

政治的には韓国が歴史認識がおかしいと言っていることは、戦勝国や韓国と日本が結んだ条約や協定の内容に日本が反しているということでないとおかしいことになる。多分そういうことにはならないから、韓国は感情的に歴史認識と言っているのである。なにからなにまで全て自分の言いなりになるまで満足しないというような感情的歴史認識論議では、付き合って際限がないから、世界にその狙いの正当性を印象づけるのは難しいと思われる。

誤った歴史認識の証拠だとして指摘されている靖国参拝問題は、A級戦犯という名に対する韓国の思い入れが根底にある。日帝侵略の象徴である。その心情を理解して刺激しないようにいままで日本は対処してきたのだが、A級戦犯の罪状で裁いたことに根拠があると認めているわけではない。過去の侵略行為に対する反省と、時間をかけてA級戦犯に関する誤解を解きほぐそうとする知恵がそうさせてきたと思われる。

私は小泉首相の靖国参拝には批判的である。戦没者に誠をささげる行為が靖国参拝では困る。戦没者が願っていたのは子孫の安全な生活であり自分たちをだしにして周辺諸国をいたずらに刺激することではない。戦没者の願い成就のために努力すること、それこそが戦没者に誠をささげる行為だと思っている。日本は過去の反省が薄れつつあるのではないかという周辺諸国の懸念に配慮しつつ、これからも時間をかけて歴史事実を共有する努力を通じ理解を求めていくのがよいと思っている。他国に言われて言うことをきくと見えない解決を工夫して欲しいものである。

それにしても対韓国に限らず敗戦が尾をひいて対外軋轢で守勢にならざるを得ないなか、日本に情報収集・理論武装・外交戦略・経済戦略・侵害行為対応などの統合戦略で遅れをとらないだけの準備あるいは体制があるのか気になるところである


 
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