屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.189 三人のこと  H17.09.26)

民主党が9月11日の衆議院議員選挙で大敗し岡田代表が辞任して、9月17日行われた代表選挙では菅氏と前原氏が争い前原氏が選出された。出馬するかと注目の小沢氏は副代表で今回の大敗には責任を感じる立場にあったという理由で出馬しなかったということである。

私は前原氏についてはTVなどで時にかなり右よりの発言を耳にしたことがあるので気になるが、その人柄、発言の真意あるいは行動の実績や傾向をよく知らないからこれからを見るしかない。売り出しで過激な宣伝文句を言ってきたのかもしれないから、責任ある立場になったらそれに見合った姿を見せるのかもしれない。

菅氏のことである。私は江角マキ子さんの国民年金ポスター事件で、彼女が年金保険料を払っていなかったということをあげつらって、政府を攻撃したそのやり方を見て印象を悪くしてしまった。それまではエイズの証拠ファイル事件に見るように正しいことをしがらみにとらわれず追求する人間と見ていた。しかし国民年金問題では、ただのモデルの仕事をした人間を自分の主張を押し通すために生贄にする体質であると感じてしまった。

それ以来菅氏がものを言うとすぐ、弱い立場のものでも自分の主張のためには踏みつけにするのではないか、本質からかけ離れた論拠で人を攻撃することによって自分の主張への反論を口封じしようとしているのではないかと勘繰るようになってしまった。江角マキ子さん以外にも大衆受けを狙ってあるいは踏み潰すために個人攻撃をして人気と地歩を築いてきたのではないかという思いが抜けないのである。物言いをするときに見せる笑い顔を素直に見ることができないのである。

小沢氏のことである。今回の選挙中も感じたことだが党で一丸となって戦っているのだろうと思っていると、なんだか小沢氏が水を差すようなことを言っていた印象がある。あるいは自分を偉く見せよう、影響力を見せておこうということが先に立って全体の枠組みを途中で壊しにかかっている印象がある。なんかセンスがずれている感じである。

いままでも小沢氏といえば自分の言うことが通らないと雲隠れしたりするという印象がある。自分を受け入れなければだめ、自分の言うとおりでなければ気がすまないたちという印象がある。私は小沢氏の主張を聞けば共感する部分が多いのだが、なんとなくその豪腕のセンスに不安を感じてしまうのである。

まだ不安を感じたことがある。かつて野村サチヨを選挙に担ぎ出したことがある。彼女は落選したが、その後の彼女をめぐるスキャンダルあるいは事件をみて、こういう人間を選ぶセンスというものに疑問を感じたものである。ただ人気を利用して陣笠を確保しようとしただけにしても、人を見る目が無さ過ぎるのではないかという気がしたのである。私の印象では小沢氏は行動や人を見極めるセンスになんか難がありそうな気がして不安である。

以上のように、最終段階まで代表立候補者に名が取沙汰された三人に対する私の印象はあまりよくない。私の民主党に対するイメージはそういうところに由来しているかもしれない。なんとなく心底安心して見られない感じがするのである。


補足1: 前原氏辞任のこと  (H18.04.06)

偽メール問題で前原氏は民主党代表を辞任したが、代表就任以来の突っ張り加減の言動を見ていて、辞任早かれと思わずにいられなくなっていたので遅きに失した感もある。また次の代表選挙が小沢氏と菅氏の争いというのでは、民主党をなんとなく心底安心して見られない。

補足2: また前原氏辞任のこと  [2011(H23).03.07]

在日韓国人から政治献金を受けていたことが国会で野党に追及され外務大臣を辞任した。子供時代の近所の人でむかしから応援してくれていた人ということだから多分前原氏はその人が韓国籍であることは知っていたのではないかと思われる。責任は自分にあると言うのだからそう思える。しかし報道では日本名で献金していたので会計処理担当者は日本人だとしてかたちどおりに処理していたと思われる。

会計担当者から見れば不可避的な事務的ミスみたいな感じもするから、指摘を受けて返金することにしたと言っておけばそれで済むくらいのことだと思われるが、責任はすべて自分にあると見得を切ったから収まりがつかなくなった。前原氏は粋がって言わないでよいことを言って見得を切るところがある。国内ではまだしも、外交となるとこれは困った資質である。総理大臣、外務大臣、防衛大臣その他外国に言質を取られるような要職には不向きであると思われる。


 
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