屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.144 どこかで見たこと H16.05.17)

江角マキコさんの国民年金未加入発覚後の国会参考人招致発言や、三閣僚の国民年金保険料未納が発覚しての未納三兄弟攻撃で、制度の不備を訴えるよりは与党攻撃の材料として個人責任を追及して、政府与党を窮地に追い込もうとする民主党菅代表は自身の未納問題発覚で醜態をさらしてしまった。

自身と同じような事情で未加入・未納になった者への攻撃は自身に跳ね返ってくる。しかし攻撃相手に求めていた厳しさを自身には求めないがごとく、人のせいであると言い募って自分の正当性を主張することをやめないから傷を深くした。制度に不備のあることは皆承知である。未納になった理由は言う通りだろう。それが問題なのではない。問題は、それを知らなかったときと、それを知ったときの未加入・未納者に対する姿勢に変わりないならば、今まで人を攻撃してきたその言葉を自分に向けなければおかしい。また知った後で自分の姿勢が変わったとしたらそれもまたおかしいということである。

こういうことはどこかで見たことがある。かつての秘書給与流用事件のときの辻元氏と似通っている。人の弱点を攻撃する側にいるときはその舌鋒鋭く正義の味方とばかりに追及する。しかし一旦自身の過ちが問題になると言い逃れるような行動をとる。この二人を見るとスタンドプレーで受けているときは自分の言うことは全て正しいとばかりに容赦ない攻撃を仕掛けるが、自分に対しては甘いのではないかということである。

両人とも市民活動家の出身である。市民活動家は自分たちが正しいと思い込んだらそれが正義で周りの事情とか他の意見を聞かない。正義を振りかざし彼らと意見を異にすれば正義をないがしろにするものとレッテルを貼る。そういう攻撃手法が得意で、攻めに強いが守りに弱い。そんな感じを二人の目立つ市民活動出身の国会議員の守りにたったときの姿勢を見て思ってしまうのである。

市民活動家というものにそういう印象を持ったと言えば、市民活動家の大多数はそうでない、そう言われることは心外であると言うに違いない。多分ほとんどの市民活動家は意見を異にするものにも言い分はある。自分たちも他の意見の人から見れば意見を異にするものであるという相対的なものの見方に立って独善に陥らぬよう慎重に活動をしているだろうと思う。

しかし正義には独善、慈善には偽善ではないのかと常にひねくれたものの見方をする私は、国の最高機関に送り出された人間でさえこの有様なのだから身近になんかの活動家が出現した場合には注意して見ていかなければいけないと思ってしまうのである。

多分権力を持たないうちは弱いものの味方あるいは弱いものの側に立っているという思いと実態に乖離はない。本人も周囲も同じサイドにたっているからまず心配はないのかもしれない。だが活動家が何がしかの権力を持った場合、本人は自分は弱者だと思い込んだまま持てる権力で正義を振りかざし本当に弱いものをいじめてしまうことが起こる。菅氏の江角マキコさん参考人招致発言の例ひとつとってみても、そういう恐ろしさを目に見えるように教えていると思うのである。

私は未加入や未納について故意にそうしたというなら別だが、ミスを犯しやすい制度の罠にはまった人を責める気はない。また江角マキコさん、菅氏その他多くの政治家それぞれ事情が異なると思われるが、その事情をくどくど言い合い責め合って時間を浪費してほしくない。政治家は今後それぞれの政治活動を通してミスを犯した汚名を雪げばよい、その証拠を早く見せて欲しいと思っている。しかしそう思う一方で私は弱いものいじめで勢力維持や拡大を画する類の人間は嫌だという思いは捨てられない。またズルをした政治家がいたらそれは責められるべきだと思っている。


補足: 辻元氏の姿は見たくない
2015.05.29
かつての秘書給与流用事件のときの辻元氏の印象は、人の弱点を攻撃する側にいるときはその舌鋒鋭く正義の味方とばかりに追及するが、一旦自身の過ちが問題になると言い逃れるような行動をとるというものである。私はそういう人物に嫌悪感を抱いている。事件以後また国会議員に復帰して顔を見るようになって今は民主党議員である。民主党も人材不足なのかよく国会質問に起用しているが、言うことの是非ではなくその人物がしたり顔でものを言う姿を私は見たくない。報道でしか知らないけれども、ものの言い方などから見てそのひとの本質が変わったように思えないからである。

 


 
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