アフガニスタン復興支援会議に日本のNGOを出席拒否した件で、鈴木宗男衆議院議員に外務省が圧力をかけられたと外務省高官がある場面で言ったか言わないかについて、田中外相と高官の発言に食い違いがあって国会が紛糾したが、事実を明らかにしないまま鈴木氏辞任、外務次官辞任、田中外相解任で幕引きとなった。
この件についての報道から見れば、国会質問で問題となったある場面では、田中外相の言うような外務省高官の発言はなかったようである。しかし鈴木議員が外務省に圧力をかけたのは事実のようである。国会質問は田中外相と外務省高官のある場面での会話の真偽を問うものであったが、本当に質疑すべきは外務省が鈴木議員の圧力でNGOの参加拒否を決めたか決めないかの真偽の問題であった。質問する方の追及の仕方のまずさと田中外相の思い込みで国会は本当の問題から外れてしまった。
国会で問題になったある場面についての田中外相の答弁は思い違いかもしれないが、本当の問題について外務省高官、鈴木議員、田中外相、NGO代表のうち、ウソを言っているのは外務省高官と鈴木氏側である。そしてこのウソの始まりは外務省が鈴木氏の圧力でNGO参加拒否という間違いをそうと知りながら決めたとき、すなわちウソの決断をしたときに始まったのである。そしてその決断自体は田中外相指示によるNGO参加復活で破綻したが、外務省が正しい決断をしたというウソはまだ破綻していないことになっている。
国会で問題となった場面に関する質疑で、外務省担当局長は田中外相の発言をはじめ否定していたが追及に一旦肯定した。その後事務次官が現れ鈴木氏のことについて田中外相に言ったことはないと証言すると局長はまた否定して、その証言が二転三転している。これは外務省最高責任者の外相と直接の上司の事務次官の二人の上司の間に立って局長が苦しんでいる姿と見るのが当たっていると思われる。
自分の最初の答弁で田中外相が思い違いを認めない。だが自分の最高上司たる大臣に自分が引導を渡すのは忍びない、外務省高官としてウソの決断に加担したという後ろめたさがある。それが否定からあいまいな肯定に変わった理由のように思われる。そしてその後直接上司の次官が現れ否定すると、局長は否定に戻って次官への忠誠を示したのである。
以下外務省高官がウソを言っているとの見方から、ウソをつくことについての感想である。私が思ったのはウソのつき方が下手だということである。権力で建前を貫く、そういう風土に染まって緻密なウソをつかなくても乗り切れる、そんな考えで軽くウソをついたように見えてしようがない。ここでウソとはNGO参加拒否を決めたことである。
ウソをつくときは、それこそいろいろな証拠が出てきても説明がつくだけの理論武装をしていなければならない。身内にもつじつまが合って疑われず、外部からの疑念にも対応できる。それだけの緻密さに裏付けられていなければウソはすぐばれる。きちんとしたウソでその場は逃れても、あとでまたそのウソに抵触するような状況に事態が変化するときもある。そのときも切り抜けられなければウソをついた意味はない。外務省とはある意味でそういうことのプロでないといけない。そんな外務省の高官がなんとウソをつくのが下手なのかというのが私の感想である。
また二人の上司の板ばさみにあってウソはつかないが本当のことも言わない答弁をする局長の胸中の苦しさ情けなさ、宮仕えの悲哀を見てしまう。私も仕事の上でウソをついて苦しい思いを味わったことが何度かはある。ウソをついてズーッとそれを守り通すのは苦しいことである。
不具合などが発生して顧客に虚勢を張って(ある種のウソのようなもので言い逃れて)そのときは切り抜けても、また同根の問題が形を変えて持ち上がると前と今のつじつまあわせに苦労する。それが何度目かになると記憶力(いままでどうウソをついてきたか憶えている)と技術力(今回も虚勢を張れて問題にも有効な対策を考える)と論理構成力(前のウソと今の虚勢を張れる対策のつじつまを合わせる)と度胸を総動員して当たらずといえど遠からずというウソのようなものを上塗りしていくのだがそれはつらいものである。
いつか破綻するのではという思いに苦しんでいたものである。子会社に出向していたころには顧客会社は出向元の親会社だったこともあり、その時期の自分の心境は外務省の担当局長が考えの違う二人の上司に同時に仕えるにも似たものだったかもしれない。