屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.76  屋久島(40):顕彰碑のこと (H13.11.05)

先日尾之間の大きなホテルの取りつけ道路入口の県道に面して公園様にしつらえた敷地にそのホテルを経営する企業グループの創立者だかの顕彰碑が建ち除幕式があった。

その敷地の整備を始めたころの看板には建立委員会の会長は屋久島の人間で、後援だか副だかは企業グループになっていたような記憶がある。その企業グループは高速船や観光船、バス、タクシーそしてホテルや公園と手広く営業しており、それを見れば屋久島を観光資源として着目しかなり以前から戦略的に投資をして来たようである。屋久島の発展に寄与したことを感謝して地元から顕彰碑建立の話しが出たかたちに見えた。しかし私が屋久島に引っ越してきてからの印象ではその企業グループの評判はすこぶる悪いからなんとなく素直にその看板を信じられなかった。

私が当地に来てから、自分の所有地周辺を買い増すに当たって良い他の代替地提供を条件にしていたが提供された代替地は利用しにくい土地で今でも係争しているとかいう噂を聞いたことがある。また地元の人にその企業グループの名を挙げると一様にいやなものを聞いたと言うような反応をされる。だから私にもそれがうつってその企業グループについてはいやな面を選択的に聞いてしまう傾向がある。

曰く、鹿児島本土でのこと所有地の周辺を買い増すとき隣接地所有者の同意がえられないのでその土地だか家に日が当たらないように高いなにかを構築し出ていかざるを得なくしたとか、むかし枕木を買いつけるときわざと等級判定を低くして安く買い売る時は良い等級で高く売って儲けたとか。またあそこと取引をしたことがあるが金払いが悪くて困ったとか。そういう噂話しを聞いたことがある。

あるいはまた社員の待遇についてもオーナー一族以外は役員であってもみんなヒラの様なものである。ある大会社が請け負った仕事で途中途中での問題で判断を求めても担当役員レベルではいつまで経っても埒があかない。オーナーの意向に反しそうなことを言い出して不況を買いたくない、裏を返せばそういうことをすれば自分の忠誠が疑われる恐れがあるということらしい。大会社の現場責任者はオーナーに直接談判して方向を決めたということである。

そういうことは全社員に及んでいて社員が業務で会社に損害を与えたら弁償させる。だからちょっとでも自分が責任を取らされそうなことには上の指示なく積極的に動かない風土になっているらしい。そういう話しがまことしやかに流れている。

またその会社で働いていた人間はオーナーの若い娘が子飼いらしきの社員に向かって呼び捨てで私的な指図に従わせようとしていたのを見たことがあるということである。

こういうあまり良くないような評判があるということを考えると 五味太郎著 「ここまできてわかったこと」(講談社)の18番に 「効果的な人殺しだとか、かなり巧妙な詐欺師だとか、他人が唖然としてしまうような大胆な発想の泥棒なんかが一人でも先祖にいれば、その家系は、あとはキープ、キープでけっこう豊かだ、ということ。またそれ以外にお嬢様、お坊ちゃまが生まれる可能性はない、ということ。」 とあるが、まあそういう面もあるのではということを連想する。

今は地元のかなりの人に感謝される企業になった。だがいろいろな噂はここまでに至るにはその陰で苦汁をなめさせられたり悔しい思いをした人間がいるということを想像させる。だから私は、本当は企業グループが屋久島の発展に貢献し感謝されているのだという証明のために銅像とか記念碑などを建てたかったのだが、風当たりを避けて表向き地元の人間に発起人になってもらい屋久島に貢献した人を顕彰するというかたちをとった顕彰碑を建てたのではという見方もできると思っている。

除幕式のとき大勢集まっているので通りかかっても見に行けない。県道沿いに役場の車などがいっぱい駐車していてその番をしている役場の人間らしき人にあれは何かと問えば件の企業グループの名を挙げてあそこの碑だと言う。敷地はその企業グループのものらしいし、当日午後ゆっくり見に行ったらホテルの従業員がなにか作業していたから管理も企業グループのようである。


 
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