屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.29 親心に思うこと (H12.12.03)

11月中旬から下旬にかけて妻が上京した。その旅行の話しをしていて妻が思い出した話がある。東京から鹿児島の飛行機の中でとなり合わせた上品なおばあさんの話である。その人には4人の子供がいる。一人が鹿児島に転勤になった。遊びにお出でということで生まれてはじめて飛行機に乗った。乗るとき4000万円の保険に入りました。死んでも子供達に何の残すものもないので一人1000万円づつと言っていたそうである。

自分と同じくらいのもういい年をした子供、多分みんな50以上だろう、いっぱしの生活をしているのに、苦労してみんな大学を出してやったのに、それでもなおお金を残してやる、それで子供が助かる、最後まで子供に迷惑をかけたくないという思い、それを切々と語るのを聞いて妻はやるせない気持ちになった。これが親心か、自分にはそういう発想はない、自分にこういう親心はないと思ったそうである。

私はその話を聞いてむかしいた会社の上司のことを思い出してしまった。多分苦労して来なかっただろう男の親心表明話しである。むかしいた会社の労働組合は力が強く会社とは協調路線を取っており経営から人事まで口をはさむ。かつて労働争議で会社があえいでいた時の旧組合を駆逐してできた新組合である。労組はある政党を支持しており選挙時は会社ぐるみで選挙活動をする。

ずいぶん前の選挙のあった年のこと、選挙の事前活動たけなわの頃私は田舎の親戚から結婚式に招待された。式日は日曜日なので前後の日の休暇手続きをしたところその日の夜上司からスナックに呼び出された。結婚式に行くなとはいわない、しかし当日は全員選挙活動で戸別訪問する日である、まずいことにならないかと言う。人のことを思っているようで結局は部下が欠席すると労組の憶えが悪くなり自分がまずいことになると言っているのが見え見えである。職制の末端でこれで出世が止まったらと気が気でないらしい。

これで結婚式に行ったら職場でどんな報復をされるかわからない。だから私は出席を断念し休暇も取り下げた。それから十数年も経った頃のことである。子会社に出向していた時新聞を見るとかつての上司がコラムに記事を書いている。あのやりかたで順調に出世したらしい。

記事の趣旨や詳しいことは忘れたがまだ記憶に残っていることがある。自分の息子にせがまれてある外国製品(耐久消費財)を買ってやった、そしてそれを肯定する文面だった。自分の会社で同じ製品を作っている、ならば自分の子には自分の会社の製品を買ってやったらいいじゃないか。新聞にまで書いて会社でまずいことにならないのか。私を脅したときとさま変わりじゃないか。世の風潮を見て変わり身のはやいことである。こういう人間がしたり顔をして世渡りをしている。

以前からのその人間の行動原理から見れば、自分に不利となればそんなことはしないはずだ。だが今は自分の会社のものを買わず、さも理解ありげに他社のものを買って子の望みをかなえてやる親心あふれる人間だとアッピールしたがっている。私への対応と較べ違和感がある。時代が会社をして彼の変わり身を許容させるようになったのかもしれないあるいは彼はもう先が見えていて気遣いする要なしという境地になっていたのかもしれない。しかしいずれにせよ人の顔色を見てころりと変わる小心者の親心である。それ以来私はその名をまったく見聞きすることがないからほっとしている。


 
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