屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.15  屋久島(12):悪い子と外観のこと (H12.08.20)

大分で一家6人殺傷という事件があった。犯人は15歳の高校1年の男子である。ここでは犯罪についてもの言おうとしている訳ではない。近所の人が最近ピアスをし、髪を染めて人格が変わったとコメントしたのを受けてかTV番組で全くそれと同じアナウンスをした、そのことについての感想である。

田舎ではちょっとした変化も許容されない。そこでは周囲の人の正義が正義である。それらの人たちの中ではピアスをすれば悪い子であり、髪を染めれば悪い子である。そういうところが危険を招くのではないか。あのTVのアナウンスはあまりにも田舎感覚のオウム返しである、おかしい。同級生の女の子のコメントではやさしい子でそれは今でも変わりないとも言っていた。

私の思うにやはり人格は変わっていないと思う。内面が変われないから外面が変わって見えるようにしていただけではないか。人となりは変わっていない、解ってやっているのである。私の経験でもそう思う。私の子も一時髪を染めピアスをしていたが不良ではなかったし人としてのやさしさはそれ以前と変わらない人間だった。今はちゃんとした会社に勤めている。私のむかしいた会社でも大学院を出て金髪に染めて入社した人がいた。個性があり仕事のできる優秀な人だった。

最近TVで見たやまんばルックの家出の女の子の追跡番組での彼女たちの姿はそれなりにやさしい気持ちのさびしがり屋だった。その外見と行動のためか、家族に電話しても帰って来いと言われない、その姿がかわいそうだった。今やフランスの化粧品会社がやまんば化粧を参考にした正当な健康的イメージの化粧品を売り出すまでになった。やまんばも認知されていく。そうなれば中味は普通の女の子だ。

屋久町では夕方18時10分前になると教育委員会が放送する。「小学生、中学生、高校生のみなさん、早くおうちへ帰りましょう。地域住民のみなさん、子供を見かけたら早くおうちへ帰るように声をかけてください。」というようなことを言う。引っ越してきてこれを聞いて奇異な感じがした。

田舎や狭い地域では子供はみんな大人の思う良い子にならないといけないと思われている。高校生でも小さな子供扱いだ。放送するなら幼稚園生、小学生の間違いじゃないか。中学生、高校生にもなって見張られてちゃ大変だ。これじゃピアスも茶髪もできないだろう。たむろする逃げ場もなさそうだ。屋久島で気のむくまま過ごそうと移ってきた私が子供だったらフラストレーションがたまってしまう。

屋久島ではかなり子供の活動の枠は狭そうに思える。しかし事件は起こらない気がする。離島で子供が少なく大事にされていることもある。見かけより意外と自由なのかもしれない。だが一番の理由は早いものは中学を出たら、高校を出たら殆ど、島外へ進学したりしなければならないからではないか。早いうちから社会を意識し、自立精神や自分を見る眼が鍛えられているからなのかもしれない。

話変わって外観のことである。車も女もまず遠目で外観を見る。良さそうだと近寄って見たり触ったり乗ってみる。人は外観だけではないとは真実である。しかしまず外観が糸口である。だから私は子供たちに見てくれやマナーをよくして中味に触れたいと思われるようになれといっている。でも中味あっての外観であることを忘れて欲しくない。


 
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