屋久島生活の断片・偏見ご免のたわごと編
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No.03  屋久島(3):生活のこと (H12.05.05)

私の日常の生活条件は都市部にいた時とあまり外観上変わらない。TVは東京12CH系を除きBSも含めすべてみることが出来る。CDは200枚くらい持ってきたので十分。雑誌は日経ビジネス、マネー、文芸春秋 新聞は日経をとっている。また経済関係のメールマガジン、週刊誌サイトも購読している。それに妻の購読している女性誌。これで大体世の中の流れがわかる(と思っている)。

流行本は町の図書館で十分。そこにない本は購入要望を出すとそのうち読める どうしても欲しい本はインタネットで買う。だから田舎でもあまり支障はない。

ただし催し物やウインドウショッピングなど実物に触れる機会が少ない。町中に文化的香りが少ない。だから妻は年に二度は上京し充電してくる。私は屋久島に来てから一度も上京していない。特に行きたいという気が起こらない。自分のやり方で暮らせているからかと思う。特に自分では精神的な意味では田舎暮らしをしている意識はない。

私と妻は子供たちが結婚及び就職したのを機に屋久島に来た。息子は子を捨てるのかというようなことを言っていた時もあった。だが自立をせずパラサイトシングルのように親を当てにするような生き方をして欲しくないので子という矢を射たのである。勿論私たち夫婦も子供を当てにせずこれからを生きるつもり。最近は子供も自覚してきたようで私たちの行為を感謝していると言っている。子供たちとは都市部にいるときは土日でも顔を合わせることが少なかったが今はメールのやりとりで自分としては交流がしやすくなった。対面や電話をするときより本音が言いやすい。

私の近所では配偶者がいるのに男一人あるいは女一人で移ってきている人がいる。夫婦が一緒に住まないのはなぜかとかんぐってしまう。特に年とっている人の場合たがいに助けが必要になってくるときに分かれて暮らすことを選ばざるを得なかったそれまでの人生と今を重ね見てしまう。私は幸せなことに妻とともに屋久島に来ることができたいままでの人生だった。室井滋の自動車保険のCMじゃないが「愛してるから」というたがいの関係有ってこそ田舎暮らしはすばらしいものになる。

遊びは磯釣り。屋久島へ来てから2年間は熱中してやった。ふたまわりほどちがう友人としょっちゅう行っていた。彼に合わせて行動するのはややきつかったが釣り自体は楽しかった。その後風邪をこじらせてながくやすんだあと一人で再開してみたが崖の上り下りだけで疲れる。今は日があまり照らず風もない時気が向けば行く程度になった。

庭いじりも楽しい。植木を買って植えたりしたがなんと言っても面白いのは野生のつつじを差し木で増やしたり野草をとって来て植えその花を楽しむことである。つつじはもう1メートルくらいに成長した。野草は時折ぽつぽつ咲く。名はあまり知らない。庭は大部分芝である。夏の暑い時剥き出しの地面よりも渡ってくる風が涼しいようだ。

屋久島は総じて物価が高い。業者に言わせると輸送費がかかるからと言う。しかし自動販売機の飲料は本土並である。私は需要の割に店が多いためではと思う。店の人が食っていく利益をあげるために高い値がついているのではと思う。数年前島外資本と思われるディスカウント店まがいの大きい店ができた。そこは客が集まり価格も比較的安い。従来店の需要は減少しているのではと思われる。

日常食料品についても地元店は品数は少ないし高い。生鮮野菜などもあまりない。移住者の多くおよび地元の人でも一部は生協で購入している。価格は安く品揃えも豊富で比較的新鮮でありかつ安全感は抜群である。

田舎に移り住んでちょっと見ですぐの人との付き合いは慎重にしたほうが良いと思われる。人によりしょっちゅう家に入りこまれることになる。静かに暮らしたいと思ったら時間をかけて人を見極めてから付き合いをするのが良い。はじめに深入りして今悩んでいる人もいる。別荘地など人と離れた場所に家を持つほうが自分なりの生活がしやすいように思う。

また移り住んで来た人にも困った人がいる。都市部より家が互いに離れているので犬を放し飼いにし他家の庭を荒らして顰蹙を買う 。ステレオを大音響で鳴らし隣りはおろか何百メートルも離れた家でもうるさくてしょうがない。住宅地内なのに匂いの出ない肥料を使わずくさいウンコ臭のでる肥料をまいて近隣を不愉快にさせる。野良猫を飼う気がないのにえさを与え繁殖を促進する。こんな配慮のないことはやはり田舎でも通用しないということを理解すべきである。


 
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